進歩と改革【2002年1月号】掲載


村山富市元内閣総理大臣の「21世紀のアジアと日本」



これでいいのか最近の国会

 私は、最近の国会の審議の状況を見てみまして、これでいいんだろうかとつくづく感じます。昨日、自民党の野中広務さんの事務所に行きました。本人にはお会いできなかったのですが。

 私は、なぜ行ったのかというと激励しようと思って行ったんです。例のテロ対策特別措置法の採決にあったって、起立で採決するのではなく、記名投票でやるべきだ。なぜならば憲法に関連して、初めて自衛隊の海外派兵に道を開く日本の安全保障政策に一大転換点をもたらす重大な法案を、単に起立投票だけで誰が賛成したのか反対したのかわからない無責任な採決では駄目だ、政治家として責任ある態度を示すために記名投票をすべきだと主張したのです。ところがなかなかそれが通らずに起立採決になったんで本人は退場したんです。私は政治家として立派だったと思います。

 それから、イージス艦の派遣について反対をしていました。なぜ反対してきたかと言いますと、ご存知のようにイージス艦はアメリカと日本しかもっていないんですよ。そしてイージス艦でキャッチした情報は、全部アメリカにいくわけですから、これはアメリカの軍事行動と一体化することになる。これはおかしいじゃないかということで反対している、私もその通りだと思う。

 自民党の議員でさえ、心配して警鐘をならしているんです。憲法にかかわる重要な法案がやすやすとまかり通るような国会というのは、本当にもう心配です。どこが問題かと言いますと、いろいろありますが端的に申し上げますと、小泉総理が本会議で答弁しています。憲法前文、いわゆる国際協力です。憲法の前文と第9条の間には隙間がある。その隙間を埋めるために知恵を出して苦労してつくったのがこの法案だと言うのです。隙間がありますか。隙間なんかないですよ。今までだって隙間なんてあったことないんですから。

 なぜ隙間があるかと言いますと、前文に書いてある国際協力をするために日本の自衛隊を堂々と海外に派遣して国際協力ができるような道を開きたい。ところが憲法9条はそれを認めていない、だから困っているんです。だから憲法9条に抵触しない範囲で、何とか国際協力ができる道はないか、というんで苦労して知恵をしぼってテロ対策特別措置法をつくったというのが彼の言い分なんです。

 イラクがクウェートへ侵攻した湾岸戦争がありました。あの時に130億ドルですよ。どこの国よりも一番日本が金を出しています。負担しています。金だけ出して、兵隊を出していない。だから国際的に評価されていない。今度は旗を見せろと言われた。旗を見せなければいけない。旗を見せるためには、自衛隊が堂々と旗を掲げて行くことである。だから、彼はアメリカの要請に答えてやろうとしているわけです。

 みなさんご案内のように、憲法9条は集団的自衛権は認めていないわけです。ここに、国会で政府の統一見解を述べたものがありますが、「わが国が国際法上、集団自衛権を有していることは、主権国家である以上当然である」。だから国際法では、主権国家であれば集団自衛権も個別自衛権も全部認めている、と言うのが前文です。「当然であるが憲法9条のもとにおいて、使用されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限の範囲に止まるべきであると解しており、集団自衛権を行使することはその範囲をこえるものであって憲法上許されないと考えている」と。これは、1981年5月に政府の統一見解として述べた答弁です。ですからこれまで一貫して守られてきている わけです。だから集団的自衛権は認めていない。個別自衛権はある。これが統一見解です。だから今度の場合には、何とかこの枠を超えて集団的自衛権に踏み込む道はないかということで、大分模索をしたんだけども、もうこれ以上拡大解釈をすることも無理だというんで、その問題には触れないんです。

 触れないために何を言ったかといいますと、後方支援に限る、だから戦争しているところには行かない、あくまでも後方支援だけですということを全面的に出しているんです。ところで今の戦争の中で、戦線と後方支援、どこで線を引くのか。だれも解明できません。ただ言葉のうえで線を引いて、あくまで後方支援です。戦争には加担しません。戦争をやっているところには行きません。それでなんとかごまかそうとしているわけです。これまでの経過を振り返ってみると、だんだん拡大解釈してきているんです。

 第一、その安保条約の第6条がありますけど、日本が講和条約を結んで、軍が解体されて丸裸になっている。その丸裸になっている日本に対して、隣りにはソ連、共産主義の国がある。いつ日本に攻めてくるかわからない。それでは不安だろうからアメリカが変わって駐留して日本を守ってやる。だから基地を提供しなさい。その提供された基地を使って「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍・空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することができる」というのが安全保障条約第6条です。

 だからそれに対して日本は加担するとか、あるいは協力して戦うとか、そういう義務も責任もない。ところが先般ガイドラインの見直しをして周辺事態法という法律をつくったんです。もちろん社民党は反対しましたよ。どこが問題なのかといいますと、さっき言いましたように安保条約第6条の極東の範囲、今度は周辺事態で起こった様相によって範囲が決まる。だからこれは地理的概念ではないといってごまかしている。強いて言えばアジア太平洋地域と。そしてアメリカ軍が出動した場合に、アメリカ軍の後方支援について日本が協力することを取り決めたのが周辺事態法ですよ。ですから当初締結した日米安保条約からみれば、そうとう踏み込んだものになっているわけです。

限界のない海外派兵に

 今度のテロ対策特別措置法というのは、地域の範囲もインド洋まで行くわけですから、地域の範囲に限度はないことになる。出動したアメリカ軍の後方支援をするということになっておりますけれども、地域的な限定はないのです。どこまで行くかわかりません。それだけ、行動する地域の範囲も拡大されたわけです。しかも自衛隊の艦船が海外へ出動するということは、周辺事態法ではないんです。

 現に今度は、自衛隊の艦船が出動したじゃないですか。飛行機も行ったじゃないですか。

 地域も限定がない。同時に堂々と自衛隊が海外へ出る道を開いた。しかし政府はあくまでも戦闘地域には行かない。戦争には加担しない。あくまでも一線を画して後方支援だけです、と言っているけれども、しかし相手から見たら後方支援になりますか。イージス艦は、アメリカと日本しか持っていない。イージス艦がつかんだ情報はアメリカと一体的なものです。したがってアメリカと日本は一体的な行動をしておる。相手から見れば明らかに日本も戦争に加担をしているとなるじゃないですか。

 だからそんなものはだめだと言って反対しておるんだけども、国会でさっぱり議論にならないじゃないですか。第一、総理がね、憲法前文と第9条の間に隙間があるという発言をしたこと自体が問題ですよ。

 それだけでも、国会は止まるべきですよ。だけども止まりません。大した問題にもならない。新聞に若干そのことが報道されて、総理の憲法解釈が問題だとか新聞がちょっぴり書いた程度の問題であって、大きな問題になっていない。社会党が健在のときならね、これは総理の辞任問題ですよ。隙間があるんじゃないんです。総理が隙間をつくっているんですよ。憲法前文で国際協力がある。テロがあった。国際的にみんなテロを撲滅しなきゃいかんと協力している。お互いに自分の国のおかれた立場役割、憲法上の問題などを踏まえて、その範囲内で行動しているわけですから、日本もやったらいいじゃないですか、憲法を守って。被災者難民の救援もよかろうし、経済援助もよかろう し、いろいろやることはあろうかと思います。

 テロの撲滅というのは、なにも武力だけでもって撲滅できるわけじゃないんです。長い目で見れば、やっぱり人権を尊重するとか、差別を認めんとか、あるいは貧困をなくしていくとか、そういういろんな行動を通じてですね、テロは撲滅できるかもしれませんけど。ただ空爆だけでテロは根絶することはできない。

 国際的に各国がテロの撲滅のために協力しあっている。日本も日本の憲法に基づいてできる範囲の協力をすればいいんですよ。それをあえて憲法の枠を越えて、自衛隊を派遣して旗を見せにゃいかんがために、テロ対策特別措置法をつくってやろうとしているんですよ。たいへん危ないことです。しかも、2年間の時限立法だから、いろいろ言っても2年たって問題がかたづいたらこの法律は廃止になるんだからいいじゃないですか、こう言ってますよ。そりゃ法律は廃止にな るかもしれません。しかし、自衛隊が海外に派遣されたという既成事実は残りますよ。私は、やっぱり大変危ないと思いますよ。現に国会の中には、法律に基づいて憲法調査会が設置されて、堂々と憲法改正問題について議論がされている。

 憲法調査会は、私どもはつくることに反対したんです。社民党は反対したんです。なぜかと言いますと、憲法の内容について例えばいまの施策の中に憲法の趣旨がどの程度いかされているのか。検証するとか憲法問題について議論することはやぶさかではないが、今回つくられた憲法調査会は、明らかに憲法9条を変えることを前提につくられているわけです。狙いが明確なんです。中曽根さんが言っているじゃないですか。今後10年間で改憲ができる、10年ぐらいすれば憲法改正ができるだろうと。

 そういう流れがだんだんつくれられてきているわけですよ。経済団体の役員をしている女性の方ですけど、経営者団体の中の多くの意見は当然集団的自衛権を認めるべきだ。普通の国と同じように日本も協力できるような国にしていくべきだ。そのために邪魔になる憲法9条を変えたらどうか、という声がだんだん強くなっている、ということも聞きましたけど、心配ですね。アメリカでも、集団自衛権の解釈を変えてほしい、そうじゃなければ、周辺事態法をつくってみても、それが足かせになって本当の協力はできないじゃないか。だからそうしてほしい。堂々と記事に書いて発表している。日本の国内でもそういう声がだんだんと高まってきている。しかも既成事実がつくられていく。押し流されていくんではないかと心配している。

 戦後56年近くなりますけども、日本の歴史の中でこれまで一度も戦争をしなっかったという歴史はないんです。朝鮮戦争もあったじゃないですか。ベトナム戦争もあったじゃないですか。皆さんご存知じゃないかもしれませんが、朝鮮戦争が起こったときに当時のニクソン・アメリカ副大統領が日本に来て何と言いましたか。オーミステイク。日本の憲法第9条をつくったのが誤りだ。せっかく日本に来てみたらこんな若い優秀な青年がたくさんいるのに、その青年を朝鮮戦争に使えないのは残念だと、こう言ったそうです。だけども憲法第9条があるから日本は加担をせずに済んだんです。ベトナム戦争しかり。湾岸戦争しかり。憲法9条が厳然として存在しておれば、いくらなんでも憲法9条を無視してやるわけにゃいかんですよ。

 それが日本を守ってきた。それが日本の国をこれだけの経済大国にしてきたんです。そのことを考えた場合に第9条の持つ重みをしっかり考えて大事に守る必要がある。

国会にはもっとすることがある

 最近の国会の審議の状況を見ながら、重要な法案が安易に成立して行く状況が心配ですから申し上げました。本来ならば国会というものはそんなものではなくて、景気をどうするかということが第一です。660兆円の赤字がある。財政の建て直しをどうするかというのも大事なことですよ。しかも金融機関に対してこれだけ不信が出てきている。大変なことですよ。だってこれまで銀行がつぶれるなんて思っていた人なんかいないでしょ。言われるように大手の銀行が12兆円の不良債権を抱えている。この不良債権を3年以内にどう決着をつけるのか。一説には不良債権は12兆円13兆円の問題じゃない。株がこれだけ暴落している深刻なデフレの中でますます不良債権は増えて行っている。各金融機関が抱えている要注意債権が150兆円あると言いますから、そりゃ大変なことですよ。

 そういうことを真剣に検討、議論をして国民の不安を解消するのが政府、国会の役目です。何にも展望がないじゃないですか。何も明らかにしていないじゃないですか。これまでは景気対策の三種の神器と言いまして、一つは減税をする。それはGNPの60%を消費が占めているわけですから、消費をあげていかにゃいかん。そのためには減税をして税金をお返ししてものを買ってもらう。これが景気対策の第一。第二は金利を下げる。金利を下げて金を借りて使いやすいように企業にサービスをする。そして景気を盛り上げていく。三つめは政府が財政出動して公共事業を増やして、仕事を増やして、そして景気に刺激を与える。これが景気対策の三つの柱です。今は減税などできませんよ。むしろ皆さんの負担を上げようと言うんですからできません。金利は最低ですよ。公共事業を見直せと言っていま問題にされているわけですから。聖域なき構造改革、構造改革なくして景気対策なしとこう言っているけど中味はさっぱり分からない。これは当面の大きな大変な課題です。

 さっき言いましたけど、財政は国・地方合わせて660兆円。これだけの国債を抱えている国はないですよ。そして、来年の国債の発行は30兆円の枠内に押さえると、これも単に言うけど、どの程度の金かわからんでしょ。これは僕が計算してわけではないが、本に書いてあったものを紹介すると、例えば1兆円という金を借りたとしますよ。毎日、100万円づつ返す。何年たったら返済できるでしょう。利子抜き、元金だけ。ちょっと計算できませんね。何と3000年かかる。莫大な金ですよ。

 私はね、マスコミも無責任だと思うのですが、私が総理のとき住専問題というのがありま した。6850億円ですよ。6850億円の公金を出すことにしたわけです。これは住専を助けるためでなく、住専はつぶれるんです。悪いことをした者は法の裁きを受けるんです。しかし関係のない善意の第三者が被害を受ける。とりわけ農協なんかはですね、その住専に手を突っ込んで、そして莫大な不良債権を抱えて危ないと。農協がつぶれるということは日本の農業の影響が大きいですから、日本の農業を守らんといかん。そこで債権を回収する会社をつくってそこが債権を回収して、その回収した債権を処分する、何も6850億円全部をやるわけじゃないし、出すわけじゃないんですよ。

 中坊弁護士に社長に就任して頂いて、そして腕を奮ってもらったんですよ。そうとう金が回収されていますよ。カラスが鳴かん日があっても新聞に叩かれん日がないくらいに、毎日叩かれました。いま大手の銀行60兆円ですよ。そして債権回収機構をつくって住専のときと同じようなやり方でやっているんだけど、マスコミは一言も書かない。これ公金ですよ。しかも辞めていく社長やら頭取なんかの責任はあまり問われない。こんなことは許されませんよ。もっとマスコミは叩くべきですよ。住専問題を叩いたぐらいに。住専問題で叩かれたもんだから大蔵省も政治家もびびったんですよ。それで手を打とうとしなかった。だから金融機関は不良債権を積み重ねて行ってですね、にっちもさっちも行かんことになってようやく手をつけだした。だから失われた10年と言うのです。

 マスコミの影響は大きいですね。いずれにしても金融は産業の動脈みたいなもんですから、国際的にもやっぱり日本の経済の信頼が問われるわけですから建て直しはしなければなりません。

 国民が納得する形で景気をどうするか、財政をどう建て直すか、不良債権の始末をどうつけるか。そして雇用問題をどうして安定させるか。もっと真剣に考えてもらいたいと思います。

痛みの先に展望はあるか

 本気になって不良債権の処理の始末をつけたら、中小企業なんかも潰れるところがたくさん出ますよ。雇用問題はもっと深刻になりますよ。だから小泉さんはなかなか頭がいいんですよね。痛みを伴いますということを前もって断ってある。財政の建て直しは歳出の削減しかない。歳出で一番大きいのは一つは地方交付税ですよ。地方交付税の見直しをして何とか減らす。その次は何かというと社会保障費です。年金、医療、福祉ですよ。だからいま手をつけようとしているのが医療です。二割負担を三割負担に、老人医療も見直すと言っているんです。だんだん目に見えない負担が増えてきます。だからちゃんと痛みが伴いますと断っているじゃないですか。

 私は、構造改革のための痛みは我慢すると思いますよ、国民は。もう言われた通り受け止めて小泉さんを支持しているんだから。だけどもね、展望が開ける痛みなら我慢しますよ、ああこの我慢を耐えて行けばこう良くなるということが見えれば、そりゃ我慢しますよ。だけども我慢をしとって、我慢のしっぱなしで先がどうなるかさっぱりわからん我慢というのはねえ、そりゃ耐え切れませんよ。これがこれからの政局の課題です。私はそう思いますね。だからこのつくられた小泉さんの支持はだんだん時間が経つにしたがって、そうは行かなくなる。しかも自民党の中から抵抗が強くなっている。いま国民が支持があるから表向きはあんまり抵抗しない。だけども国民の支持がだんだん 目に見えて落ちていけば、それ見たことかと反対勢力が声を出してきます。そのときに小泉さんがどうするかと言うと、解散をして国民の支持に訴えるということもあるのではないか。解散はないなんて言っていますけど、そりゃ分かりません。この政局の動向によっては一か八かやりかねませんね。それをまた、待っている政党もあるわけですから。

 私は、総体的にいま申し上げたような課題を抱えておる政局の中で、国会の果たす役割とりわけ野党の役割は大きいと思う。

 例えば、冒頭に言いましたテロ対策特別措置法だって、本来ならば国会の審議が止まるべきですよ。憲法問題に触れてね、あんなことを公然と言ってですよ、そして問題点も解明されないまま審議がずっと滞りなく進んでいくようなことじゃ駄目ですよ。本来ならばあの国会で審議を止めて、そしてマスコミもまた宣伝をして報道して、国民もそれを見て、ああ国会は大変だなあと、何で揉めているのだろうか、ああこりゃ大変だといって国民も立ち上がって国会にその世論を反映させて、さらに審議が盛り上がっていくと。こういう状況になることが、結果は採決で敗れるにしても大事なんです。それが国会の役割です。議会制民主主義の役割です。野党の役割です。それがない。

 本来ならば、国会というのはそうなきゃいかんのです。よほど関心があって新聞を見るテレビを見てものを考える人以外は、ことの真相は判らないまま法律がつくられ既成事実がつくられていくわけですから。それでは、野党が役割を果たしていると言えないんじゃないですか。社会党の力が弱くなったことが最大の原因です。民主主義を支える力はそういう野党の力とそれを支える労働者の力ですよ。労働組合の力ですよ。残念ながら社民党も力が弱くなった。労働者の声も小さくなった。それでは日本の民主主義が危ないですよ。同時に、民主主義が危ないということは基本的人権も守られないし、もちろん労働者の基本的権利も守られないという状況になってくるんじゃないですか。リストラが大手を振ってまかり通っている。首切り反対闘争なんかないじゃないですか。小さなところで抵抗はあるんでしょうが、マスコミは取り上げないしね。だからもう一辺、我われは原点に立ち返り、基本的権利に立ってものを考える、行動を起こすというんでなければ、日本の民主主義も平和も守られない。私は最近痛切に感じますから、皆さん方にお願いしたい気持ちで申し上げます。

アジア諸国から信用されていない日本

 それから今日のテーマは、これからのアジアと日本ということになっていますから若干触れて申し上げたい。

 私は総理のときに東南アジアをずっと廻ってきました。アジアの国を廻ってきました。 総体的に感じますのは、あの廃墟の中から日本は短時間のうちに世界第二位の経済大国になった素晴らしい国だ。日本民族は大変優秀だ。敬意の念を持っていることも分かります。同時に、日本がこれだけの経済の力を持ったお陰で、わが国の開発も進んでおる。率直に感謝の気持ちを披露する首脳もおります。国もあります。そういう印象を私は受けました。それにおごちゃいかんけどね。それは大変いいことだと思うんです。

 しかしその半面、やっぱり日本はアジアの一員ではないか。もう少しアジアに腰を据えて信頼のできる、頼りになる国になってほしい。こういう期待があります。その期待の裏側は何かと言いますと、あまりアメリカの顔色を伺いすぎる。そのことに対する不信と不満がありますね。また経済大国になった国は必ず軍事大国になると歴史は教えている。日本もまた軍事大国になって過ちを繰り返さなければいいがという懸念が完全に払拭されているとは言えません。これは後で申しますけど、中国や韓国が歴史問題や靖国問題をやかましく言うのは、その不信があるからです。その意味ではまだ完全に信頼されているとは言えません。こりゃもう世論調査の結果なんかで出ています。

 ちょっと古いんですけども、95年に『朝日新聞』が調査している。95年の6月に、「日本はアジアの国々から信頼される国になったと思うかどうか」という調査の結果が出ています。北京なんか「なった」は15%、「なっていない」が85%、上海は「なった」が20%、「なっていない」が79%、韓国のソウルは「なった」が28%、「なっていない」が61%。半面、バンコックやマニラ、シンガポール辺りに行きますと、日本の経済援助が相当効いていますから逆転しています。「信頼されている」が高いけれども、肝心要の日本の隣りの韓国や中国がこんな評価をしているというのが、やっぱり問題ではないか。  

 それから、97年に中国の『青年報』という雑誌が対日意識調査をやっている。それを見ますと、今世紀における日本の中国侵略の歴史を中国青年としてしっかり意識に留めるべきであると思うかということについて、99・4%が留めるべきであり、歴史をしっかりと学ばにゃいかんと言っていますね。「直系親族の中で日本侵略者の中国人迫害について直接体験をもっている人はあるかないか」について、60・9%の人が、自分の肉親、あるいは自分の知っている人が日本の侵略者によって迫害を受けたと言っている。「日本国内の一部勢力による侵略の歴史を否定する傾向についてどう思うか」。絶対に許せないが97・4%。

 たくさんありますけど、肝心なことだけ申し上げます。それから、「憲法第9条の動きに ついてどう思うか」という点については、「日本は世界の軍事大国をめざしている」が85・1%、「アジア太平洋地域で平和が新たな危機に直面している」が70・7%、「日本の軍国主義勢力を勢いづかせる」が64・5%です。また、「日中関係の正常化・発展を妨げている主な要因はどこにあると思うか」では、「日本の侵略の歴史に対する態度がなっていない」が93・3%、それから「日本の政治家による軍国主義復活の動き」が74・7%となっています。しかし、「日中の友好交流は中国及びアジア全体にとって必要だと思うかどうか」については、95・8%が「必要である」と答えている。日中は協力し合わなければいかんという気持ちを強く持っている。これは大事にしなければならないことだと思う。

 日本は何と言ってもアジアの一員ですよ。歴史的にも地理的にも、宗教・文化・芸術、すべてを考えて見て日本は中国、韓国、北朝鮮も含めてアジアの国々とは2000年からの交流があって、いまの日本の芸術、文化、宗教はそういう交流の中からつくられてきてるもんですからね。だからアジアの一員であることは間違いない。しかもこれからの21世紀を考えた場合に、日本がアジアの中でしっかりした立場をつくっていくことは非常に大事なことです。根っこに不信があるということは無視できないと思いますね

原因は片面講和にあった(略)

村山談話と両立しない小泉首相の靖国参拝発言

 新憲法の下、国の象徴として天皇制は維持され、公職追放は解かれ、政官の旧指導者が復活した。東京国際裁判で処刑された以外のA級戦犯も釈放された。例えば岸信介氏は戦争中の閣僚をつとめてきた人でA級戦犯として問われていたが釈放され、後に総理大臣になった。旧勢力、旧指導者は占領軍にも助けられて、今日まで日本の政権を担当してきた。その間、戦争責任は問われないままであり、歴史認識もあいまいなまま今日に至っている。

 その後、ソ連が解体し、冷戦構造の崩壊により国際的対立の枠組みが取り除かれてから、80年代後半から90年代に至って、戦争中の慰安婦の問題、強制労働の問題が提起されるようになった。慰安婦の問題は国連人権委員会でも取り上げられ日本の対応が問われてきた。そうした動きの対する日本政府の態度は、戦争賠償はサンフランシスコ条約とその後の二国間条約で総て解決済みであるとしている。確かに法律的には解決済みであるかもしれないが、それが根強く対日不信として解消されないまま存在し続けるとすれば、それを取り除く努力は誠意を持ってすべきだと思う。

 私は85年総理在任中に、戦争に対する責任と戦争は誤りであったとする歴史認識を明確にして謝罪の意思を表明する談話を出したのですが、それは次の橋本、小渕、森、小泉と歴代後継内閣にも政府の見解として引き継がれています。しかも、98年に中国の江沢民国家主席の訪日、同年韓国の金大中大統領の訪日によって当時の小渕総理との首脳会談で未来志向の共同宣言まで出され、2002年日中正常化30周年を迎え、一層二国間の友好が強化されることが期待されていた。韓国もまた、2002年ワールドカップサッカーを共催、文化の窓口も解禁して交流を深めることになり、もう過去は問わないとまで宣言されたにも関わらず、今年になって教科書問題があり、小泉首相の靖国参拝発言があって、再び逆戻りさせかねない状況になった。

 以上述べてきたような経過もあって、戦後の日本の教育、特に近代現代の歴史教育はされていない。戦争のあったことは教えても、なぜ戦争が起こったかは問われていない。それは、戦争の責任も歴史に対する認識も統一されてこなかったからです。それがまた、中国、韓国をはじめ関係アジア諸国の対日不信の原因ともなっているように思います。足を踏んだ人は忘れても踏まれた人は忘れない。踏まれた人のことを考えないとお互いの信頼と友情は生まれない。

 端的な例がね、イギリスのオックスフォード大学に留学している学生から手紙がきています。こう書いています。紹介します。

 日本国内では戦後処理に関する海外の人々からの風当たりがいかに強いかということが一般的にどの程度認識されているのか、私には分かりません。ただ、現在在籍しておりますオックスフォード大学の学生や教授との話や新聞各社のコラム等を通じて感じるのは、日本というのは非常に不幸なイメージをもたれている。いくら国内で21世紀に向けてと将来姿勢を語ったところで、まだまだ外には冷たい風があるということです。その代表的なものは、極めて簡単に言えば、日本の過去の残虐行為についていまだに謝ったことがない。それどころか、まだあの戦争を正当化しようとしている。こんな国だからどんなに経済的に力をつけていても、将来的には信頼できないというようなことだと思います。これは非常に雑な理解ですが、オックスフォード大学にはアジアからの留学生が多くいます。日本の学生は米国の大学に比べて少ないのですが、こうしたアジアの留学生の多くが 将来それぞれのお国で重要なポストに就かれるエリートの方々だと思われますので、対日無理解や誤解がこうした教育の場で再生産され続けることは残念に思えて仕方ありません。

 だから、私たちは日本におるから分からんけども、外国におってアジアの皆さんと接触する若い人たちは、こんなことを感ずるんじゃないですか。日本のこれからを担っていく青年、これからのアジアの国々を背負っていく青年の間に、こういう不信感と歴史認識の違いがあるということはゆるがせにはできないことだと思う。完全に一致はできないかもしれない。しかし理解しあうことはできるんじゃないか。理解しあうことによって信頼関係が醸成されることは大事なことです。

江沢民主席の前で語ったこと

 このうち私は中国に行きました。江沢民国家主席にお会いしました。平山郁夫さんという有名な画家がおりますけども、あの人がシルクロードに大変熱心で、そして来年は日中正常化30周年です。30周年の記念行事にシルクロードの展示をやると言うんです。その説明をしておりました。

 私はその説明を聞いておりまして、江沢民国家主席に申し上げたんです。残念ながら 中国と日本の若い人々の間に歴史に対する理解と認識に大変違いがある。これは残念なことだ。ただ戦争だけの問題ではない。今お話があったシルクロードなんかを通じて日本と中国とは永い歴史の交流があって今日の文化、芸術すべてつくられてきておる。そのことを今の若い人が学ぶことは、お互いに心の通じ合う信頼と親密関係が醸成されて行くんじゃないかと思って、私は大変いいことだと思う。もう私は先が短いんでこれからの中国、日本を考えた場合に、これから両国を支えていく若い人たちが歴史の学ぶこと、そしてお互いにしっかり理解し合うことは大事なことだと思う。それを語り伝えるのが残された私の仕事だと思っている、という話を五分間ぐらい演説しました。

 そうしたら江沢民国家主席もじっと聞いておりましてね。終わったあとに、全面的に賛成です、しかし一つだけ反対。なんか悪いことを言うたかなと思ったんです。そしたらこう言ってましたよ。先が短いというのはだれが決めるんですか、私はそう思っていません。それは反対です。そう言ってました。歴史に学ぶということは大事なことだと思います。中国に有名な言葉があります。前事を忘れず歴史に学ぶ、そしてこれを後事の鏡をする、と。

 それからまた、ドイツの前の大統領。過去に目を閉じる者は現代が見えない、ということも言ってましたね。その意味では歴史というのは、私は本当に大事だと思います。特に北朝鮮の問題についてもですね、何と言っても36年間植民地支配をしてきたんですから。中にはこういう人がいますよ。悪いことだけをしたわけではない。あれがソ連から占領されたらもっとひどい目にあっている。まあ日本だからよかったんだ。しかも開発も進んできたと。だけども、36年間植民地支配をされて人間扱いされなかったという、その歴史を無視することはできません。しかも戦後56年もなって未だ国交がないんですから。

 この東北アジアの中で、分割された朝鮮半島と不正常な日朝関係が一番不安の材料になっている。日朝関係の正常化を図って、南北は平和共存して、いずれ統一された朝鮮と日本と中国とロシアとどういう関係にあるか。これから日本にとって大きな課題です。大事なことですよ。だから朝鮮半島が平和共存をして統一することについて日本でできることは大いに協力する。と同時に、そのことを通じて日朝の関係も正常化していくと。そういうことが大事なんで、そのことは東北アジアのみならず、アジア全体の平和と安定に大きな役割を果たすことになり、国際的に名誉ある地位を得ることになると思う。残念なのが、再開された日朝交渉も行き詰まったままです。お互いに手をこまねいて、向こうが向こうならこっちもこっちだと言うのでは何も解決しない。拉致問題もありますよ。拉致問題が解決しなければ一切やるべきじゃないという人もいますよ。しかしだからと言って腕をこまねいていたって問題は一つも解決しないわけですから。お互いにテーブルについて、話をする中でいろんな問題があれば解決していくと、そういう努力を誠意をもってすることが大事なんです。

平和・友好のためにも社民党を強く

 だから私はそんな意味でこれからのアジアと日本を考えた場合に、韓国も中国も含めてそうですけど、朝鮮半島を含めて何をなすべきか真剣に考えていかなければ、日本はアメリカだけに頼ったんでは孤立するんではないかと心配しますから、以上のことを申し上げたわけであります。

 とくに教科書問題や靖国神社問題を考えて見ますと、戦争中は日本は国家神道で靖国神社がそのシンボルですよ。そこで国のために戦死した人は神として靖国神社に祀られたのです。靖国神社は戦争中は戦意の高揚に使われてきました。しかし新しい憲法の下で信教の自由、政教の分離が決められたんです。宗教に政治が関与しちゃいかん。神道も一宗教法人となった。それに総理が公式参拝する。政教分離に反対するというんで憲法上問題もある。しかもこの靖国神社にはA級戦犯で処刑されたもの が祀られておる。これは中国の痛めつけられた人から見れば耐えられないことだと思います。そこに総理大臣がお参りするということはね、本当に日本はあの戦争のことを反省しているんだろうか、と思う。そのことを考えたら軽々にああいう発言をすべきじゃないと思いますね。8月15日に総理大臣として靖国神社を参拝する、国のために亡くなった人を弔うのは当然のことだ、お参りしてなぜ悪いとまで言い切れた。

 しかし、だんだんやかましくなってきて、これはまずいかなという気持ちになったんでしょうね。だから熟慮に熟慮を重ねて、8月15日に参ろうとしたものを13日に参った。以前中曽根さんが総理のときに靖国神社に公式参拝したんです。そしたらものすごく反撃を受けて、世論からも叩かれて、まずいと思ったから次の年から参らなかった。そういう経過がある。だから小泉さんもあのような発言をする前に、そういう経過をしっかり知らにゃいかんですよ。そうすりゃあんな発言はできないと思います。

 教科書問題もそうです。朝鮮の植民地支配は止むを得なかったとか、まして大東亜共栄圏の理想に燃えてやったと、しかもそのお陰でアジアの諸国は植民地から解放されて独立ができた植民地解放の戦いだ等の主張は歴史を歪曲するものである。戦争の歴史というのは日本だけの歴史ではない。戦争に参加した総ての国の歴史なんです。韓国の歴史でもあるし中国の歴史でもあるし、アジアの国の歴史でもあります。だから共同して関係したアジアの国々が一緒に歴史の研究をするということは大事なことではないか。独り善がりな歴史認識では駄目です。完全な認識の一致はできなくとも理解し合うことはできると思う。

 中国に行って、江沢民主席に会ったときに、もうあの問題は解決したと言っていました。小泉総理が中国を訪問されて廬溝橋に行き、そして率直に国民に誤った。あれで国民も了解したのではないかと思うと言ってました。来年また同じことを繰り返すことがあったら大変ですね。来年は多分ないとは思いますけどね。

 これからのアジアと日本の関係を考える上で、戦争責任と歴史認識について村山談話を基調に公式としての国の方向性をはっきりさせていくことが必要であり、大事なことだと思う。これからは世論との闘いです。例えば、教科書問題について中国や韓国があれだけ厳しくやかましく言った。だからあの教科書を採用するところが少なくて済んだという人もいます。私はそうは取っていない。もっと国民を信頼している。国民の良識があんな教科書を使っちゃいかんという声になって、あの教科書は0・03%ぐらいしか採用されなかった。それで韓国も中国もややほっとして安心されたんだと思います。しかし、これで総て解決、終わったわけではありません。来年また巻き返すとか言っていますからね。教科書問題はこれからも引き継がれる問題ですよ。

 憲法の問題も平和の問題もそうですよ。我われの声が小さくなれば相手の声が大きくなるし、我われの声が大きくなると相手の声が小さくなる、その闘いですよ。そういうことを考えた場合に、大衆市民層の中にそういう声が強くなっていく土台をつくっていかなければ、社民党は強くなっていきません。これからの世界、アジアと日本を考えてみても社民党が強くなることが必要なのです。社民党が強く大きくなることが期待されているのです。がんばろうじゃないですか。かんばって下さい。私はもう先が永くないから、せめて経験してきたことは率直に若い人に話しをして、そしてお互いに理解を持ち合って、これじゃいかんなという気持ちになって立ち上がっていくことが大事ではないかと思う。