「進歩と改革」857号    --2023年5月号--


■主張  平和憲法施行76年、いま9条擁護の決意を固く

 阪田雅裕・元内閣法制局長官が指摘する「憲法9条の死」


 5月3日、日本国憲法施行76年を迎える。評論家の保坂正康氏が故半藤一利氏とともに提唱した「憲法を百年いかす」ことからすれば闘いはまだまだだが、阪田雅裕・元内閣法制局長官は、安保法制につづく安保3文書の改定で「憲法9条の死」を主張している(雑誌『世界』本年2月号)。

 阪田氏は、「憲法9条が掲げた『平和主義』は、2015年に成立したいわゆる安全保障法制によってすでに危篤状態に陥っていたが、今般の国家安全保障戦略の改定によっていよいよ最後を迎えるに至った。誕生から75年、人間だと後期高齢者となる憲法9条が、その歴史的使命を終えていま、その姿を消そうとしている」という。元内閣法制局長官の言葉だけに衝撃的な指摘ではある。

 阪田氏が指摘するのは、憲法に規定された「専守防衛」の変化である。自衛隊が憲法9条第2項にいう「戦力」に当たらないのは、安保法制によって変更される前の政府見解では@我が国に対する急迫不正の侵害があることAこれを排除するために他の適当な手段がないことB必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと(武力行使の3要件)によって、その行使が制限されていたからであった。阪田氏は「憲法上重要だったのは、集団自衛権の行使など、海外での武力行使をしないことはもとより、自国が攻撃された場合でも、『その武力攻撃を排除するために』必要な最小限度の武力行使しかしないという点であった」とする。そこには「地理的な限界」があり、「攻撃用の兵器を持たない」という制約があった。

 しかし、「安保法制が施行されてこの『専守防衛』の大黒柱が倒れてしまった」。阪田氏のいう「憲法の危篤状態」である。

 「憲法9条」は死んではいない


 阪田氏の論を続ける。「海外での武力行使をしない」というわが国の「専守防衛」の真髄を失っても、「憲法9条がなお法規範としての命脈をかろうじて保っているとすれば、それは、自衛隊が攻撃用兵器を持たず、敵国の領域を直接攻撃できる能力を有さない、つまり盾に徹するという一点においてでしかなかった」。つまり「わが国が武力攻撃を受けても、自衛隊の武力行使は敵国軍隊を領域外に追い払うのに必要な範囲にとどまって、外国の領域への攻撃をもっぱらの目的とする兵器は持たず、他国に脅威を与えることもない、というのがこれまでの『専守防衛』であったはずである」。それが今回、崩れてしまった。「高度のスタンド・オフ防衛能力と有数の規模を持つ自衛隊が『陸海空軍その他の戦力』ではないことを説明できる人がどこにいるのだろうか」「反撃能力の保有は『戦力』の保持」である。結果、「国家安全保障戦略の改定によって憲法9条第2項は死文と化し、9条の規範性はほぼなくなることになる」。

 坂田氏の論は、集団的自衛権行使容認以前の、歴代自民党政権下の内閣法制局見解にそった「専守防衛」解釈の展開である。「専守防衛」の憲法規範が毀損されてきたことは間違いないが、阪田氏の論で際立つのは「いわば亡骸だけが残る憲法9条を守るべしとする『護憲』も、今やその意義が失われる」としているところである。

 憲法9条は死んだのか、死者は蘇らない。だが死者が唱えていた崇高な理念、思い、生き方は後世に引き継がれるし、そもそも憲法9条は改正され消滅したわけでもない。岸田政権・改憲勢力は、憲法9条を究極にまで歪めた現実に合わせて改憲4項目をはじめ明文改憲をめざしている。現に国会での憲法審査会は再始動している。従って闘いはこれからも続くのである。我われは、9条の理念を擁護し、蘇らせ、それを指針に日本と世界の平和秩序形成へ生かしていくことこそ問われている。

 月刊『社会民主』4月号特集にみる重要な指摘


 月刊『社会民主』4月号が「『新しい戦前』にはさせない」との特集を編み、菱山南帆子(許すな!憲法改悪・市民連絡会事務局長)、猿田佐世(新外交イニシアティブ代表)、小原隆治(早稲田大学政治経済学術院教授)、杉浦ひとみ(安保法制違憲訴訟の会共同代表)、半田滋(防衛ジャーナリスト)、清水雅彦(日本体育大学教授)らの力作を載せて秀逸である。このなかで小原隆治教授の「戦後を終らせない」との論稿で、〈「憲法九条の死」か〉と小見出しし、阪田雅裕・元法制局長官の主張に触れている。

 小原教授は「憲法9条を蘇生させ、専守防衛をもともとあった地点まで引き戻すことはできるだろうか」と問う。そして次のように指摘する。「集団的自衛権の容認を安保関連法ごとほごにするのは、率直にいってすぐには容易ではない状況にある。他方、反撃能力=敵基地攻撃能力の保有と防衛予算の大幅拡張が実現するかどうかは今後の予算措置次第だから、それを抑える可能性はこれからさきに残されている。そのためには立憲野党による政権交代まで展望し、政治の力関係を大きく変化させていくことがどうしても必要である」。

 また清水雅彦教授は、安保3文書を「批判する側の問題点」として、まず「反撃能力」「敵基地攻撃(能力)」という表現について、「内容からすると反撃能力ではない」「また安保3文書では『反撃対象』を『相手の領域』としており、『敵基地攻撃』でもない。内容からすれば、『敵地攻撃』『相手国攻撃』『全面攻撃』といえるものである」と注意を喚起している。そして、当面する課題を「国会で『安保3文書』を具体化する関連法の制定を阻止する取り組み、統一自治体選で戦争推進の自公勢力を減らし、戦争反対の立憲野党勢力を増や取り組みが必要」と強調している。異議はない。ともに立憲野党の役割を問われているが、立憲野党の共同を強める基盤が職場、地域で築かれなばならない。取り組みをすすめよう。