「進歩と改革」855号    --2023年3月号--


■主張  国会開会、岸田首相の施政方針演説を糾す

 「安全保障戦略の大転換」を宣言


 1月23日、第211通常国会が召集された(会期は6月21日まで)。岸田首相は施政方針演説で、昨年末、「新たな国家安全保障戦略などを策定」したとし、「5年間で43兆円の防衛予算の確保」「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有」を進めることを表明。「今回の決断は、日本の安全保障戦略の大転換」だとした。

 岸田首相は、通常国会召集・施政方針演説に先立って訪米し、1月14日、バイデン大統領との間で共同声明を発表した。その前には日米安全保障協議委員会(2プラス2)が開かれている。日米共同声明では「日米安全保障協議委員会(2プラス2)において、日米の外務・防衛担当閣僚は、日米同盟の現代化に向けて我々が成し遂げた比類なき進展を強調した」とした。ここに書かれた「日米同盟の現代化」がキーワードである。「現代化」の中味は、日米安全保障協議委員会(2プラス2)共同発表に書かれており、「より効果的な指揮・統制関係」「情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング(ISRT)などの日米協力」等である。

 「安保関連3文書」は、「台湾有事」を煽り、中国包囲の日米軍事同盟を形作るためのものである。そこへ「日米同盟の現代化」「米軍と自衛隊の統合」が進められている。米戦略に追従・一体化して軍事超大国へと進む。それを宣言したのが岸田首相の施政方針演説であった。東アジアの平和構想こそが求められている。大軍拡の道を阻止しなくてはならない。岸田首相は、防衛増税について「今を生きる我々が、将来世代への責任として対応する」としたが、将来世代へ我々が果たすべき責任は憲法九条の継承である。

 新聞各紙が「安保政策大転換」より「少子化対策」を強調


 岸田首相は施政方針演説で、「新しい資本主義」の最重要政策として「こども・子育て政策」を取り上げた。年頭の記者会見で、「異次元の少子化対策に挑戦する」としていたことの裏書きである。新聞各紙も、朝日「首相、出生率『反転を』」、毎日「首相 少子化対策『最重要』」、読売『次元異なる少子化対策」、日経「首相、少子化対策3本柱」、産經「少子化 出生率反転へ決意」と少子化対策のオンパレードで、「日本の安全保障政策の大転換」に優先して見出しした。この報道姿勢はおかしくないか。

 もちろん、少子化対策は日本社会の行方に関わる重要かつ決定的な課題である。河合雅司氏(作家・ジャーナリスト)の『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(2017年6月発行、講談社現代新書)は、表紙に「2024年 全国民の3人に1人が65歳以上」、「2027年 輸血用血液が不足」、「2033年3戸に1戸が空き家に」、「2040年 自治体の半数が消滅」と大書され、話題となった。最新の『ニューズウイーク日本版』では、その河合氏が登場し、〈「未来の年表」が示す人口減少と業界変化〉を特集している。主張されるのは、少子高齢化による時代閉塞である。岸田首相の異次元の少子化対策は有効なのか、「具体策はほとんど示さず、目標数値にも触れず」(東京新聞)と酷評されている。

 「出生率を反転させねばならない」との岸田首相に


 『里山資本主義』(角川新書)の著者である藻谷浩介氏(日本総合研究所主席研究員)は『デフレの正体』(同)で、日本社会の少子高齢化に伴う生産年齢人口減少問題に触れている。「日本のデフレは、生産年齢人口の減少に伴う需要の減少が原因」とし、それは「金融緩和や公共投資をいくらやっても消費を増やさない」とアベノミクスへの強い批判でもあった。ここでは「出生率を反転させねばならない」とした岸田演説に関連して、藻谷氏の主張を紹介してみたい。

 藻谷氏の指摘は、〈「出生率上昇」では生産年齢人口減少は止まらない〉というものである。「産む、産まないは個人の自由」「産みたいのに妊娠できずに苦しんでいる方に鞭打つようなことはやめるべき」と前提し、経済的理由などで出産を躊躇している人の「産む自由」を保障するだけで、出生率は今より上がるが、出生者数は簡単には増えない。「率と絶対数は違います。出生率は出生者数を増減させる二つの要因の一つに過ぎません。もう一つ、出産適齢期の女性の数の増減という絶対的な制約があるのです。これは40年前の出生者数がそのまま遅れて反映されるものであるために、後付けでいじることはできません。その出産適齢期の女性の数ですが、今後20年間で少なくとも3割程度、40年間には半数近くまで減少してしまいます」「子どもを増やすこと、少なくともこれ以上、出生率が下がらないように努力すること自体は大事です。でもそれは団塊世代の加齢という目下の一大課題の解決にはまったくなりません」とする。「それなのになぜ、出生率ばかりが取り沙汰されるのかといえば、物言わぬ若い女性に責任を転嫁できて、男性、特に声の大きい高齢男性は傍観者気分になれるからでないでしょうか」との藻谷氏の指摘は痛烈である。岸田首相の少子化対策は、藻谷氏の指摘に応えるものであろうか。

 1月25日の衆議院代表質問で、自民党の茂木敏充幹事長が「児童手当の所得制限撤廃」を主張した。旧民主党政権が導入した所得制限なしの「子ども手当」を強く批判してきたのが自民党である。茂木氏には、「反省」の前に「お詫び」があってしかるべきであろう。「(子ども手当は)子育てを家族から奪い去り、国家や社会が行う子育ての国家化、社会化だ。これは実際にポルポトやスターリンが行おうとしたことだ」。驚くべき発言だが、発言の主は誰か、2016年当時の安倍晋三首相である。そこから旧統一教会と一体で「家庭教育支援条例(法)」に取り組んできたのが自民党である。これは茂木発言や岸田「子ども・子育て政策」とどう整合するのだろうか。歴代の自民党政権・自民党政策こそが問われている。