「進歩と改革」846号    --2022年6月号--


■主張  三年ぶりの5・3憲法大集会―強まる改憲論を前に

主催者あいさつで、ロシアのウクライナ侵攻を批判
 

 日本国憲法施行75周年の5月3日、「守ろう平和、いのち、くらし 2022・5・3憲法大集会」が、東京・有明防災公園で開催された。有明防災公園での憲法大集会は、コロナ感染拡大で昨年、一昨年と自粛されており、3年ぶりの開催で1万5000人の結集を得た。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、それに抗議し平和を求める集会では、ウクライナの国旗が掲げられ、あるときにはウクライナ国歌がうたわれている。ゼレンスキー政権が世界へ武器供与を訴えつづけ、それに応える米国NATOの武器輸出が強まり、米国の世界覇権維持へ戦争激化策が鮮明になっている。それへの批判も必要とされるだけに、本会場がウクライナ国旗で埋め尽くされるのではないかと心配する声も事前に聞かれたが、当日ウクライナ国旗をほとんど見かけることがなかったのは良かった。

 主催者あいさつに立った藤本泰生・集会実行委員長は、次のように発言した。

 「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、世界の平和を求める人びとの願いも届かず、終息への気配さえ見えない。私たちはロシアに対して直ちに停戦に応じ、これ以上、市民の犠牲者を出さないことを心から求めていきたい。ロシアは侵攻の根拠を、同盟国の危機に対しての国連憲章51条、集団的自衛権の行使だと主張しているが、誰も認めるものではない。ロシアが独立を主張するドネツク、ルガンスク両国が存在するドンバス地方は、2014年、クリミア危機に際してドイツ、フランス、ウクライナ、そしてロシア自らが結んだミンスク合意で、ウクライナに所属することが決められている。この行為が武力による威嚇、また武力の行使を禁じた国連憲章第2条4項に違反することは間違いない。私たちはロシアの行為を絶対に許すことはできない。ウクライナに米国やNATOが軍事支援を行っている。ウクライナ頑張れという声も聞こえてくる。しかし、そのことによる戦争の長期化は否めない。市民の犠牲が増えてくる。世界が一致して停戦と終戦への道を欲して、日常の再構築、平和の実現を急がねばならない」。

 憲法大集会ではつづいて、プーチンと呼び捨てられた「ウクライナ特別決議」が採択された。

主催者あいさつの「ミンスク合意」に思う


 この主催者あいさつは、集会実行委員会の総意を示したものであろう。ロシアのウクライナ軍事侵攻を国連憲章違反として糾弾し、即時停戦・和平を求めることは当然であるが、同時に言及されたミンスク合意への評価は公平なものであろうか。問題の平和的解決をめざしたミンスク合意Uでは、ドネツク、ルガンスク地方への「特別な自治権付与」がうたわれたが、ゼレンスキー政権が「選挙公約を破って拒否」、「軍用ドローンを使ってウクライナへの奪還攻撃を行ってきた」ことが識者から指摘されている。主催者あいさつにはそれが無視された。加えて、和田春樹・東京大学名誉教授ら14人が署名した「ウクライナ戦争を止めるための提言」のように、即時停戦・和平へむけ公正な仲介者となるよう日本政府に働きかけることへ賛同するアピールもなかった。和田氏は「そもそも、米国は、ロシアが国境付近に軍隊を集結、威嚇した段階で、NATO不拡大とウクライナの領土保全をバーターして交渉し、開戦を阻止すべきだった」としている(『サンデー毎日』4月17日号)。主催者あいさつには、NATO拡大への批判もなく、これは3年ぶりの意義ある憲法大集会での少し残念な姿であったと思う。

立憲・奥野氏「改憲許さず」、共産・志位氏「9条を守り活かす一点で力を」


 国会議員あいさつは、立憲民主党の奥野総一郎国対委員長代理、日本共産党の志位和夫委員長、社会民主党の福島みずほ党首の3人から行われた。

 立民の奥野氏は、「ウクライナの問題をダシにして改憲に進もうとする与党の姿勢を許すわけにはいかない。それは国民を騙そうとするものだ。いまの憲法審査会は、改憲にいかに熱があるかをしめすPRの場になっている。そして緊急事態条項が必要だ、人権の制約が必要だとひどいことを言っている。思想信条の自由、内心の自由を踏みにじることは決して許されない。また大日本帝国憲法と見間違えるような、政令で何でもできるような改憲を打ち出している。断じて認めるわけにはいかない」とした。

 共産党の志位氏は、「ロシアのウクライナ侵略が始まって2か月あまり、どうやってこの戦争を終わらせるか。ロシアは侵略をやめろ、国連憲章を守れ、この2点で、全世界が団結することだ。いまの危機に乗じて、敵基地攻撃だ、核兵器だ、九条を捨てろという大合唱が起きている。しかし、日本が直面する最大の危機は、日本が攻撃されていないのに、自衛隊が米軍と一緒に敵基地攻撃で攻め込む、その結果、戦火が日本に及んでくることだ。世界が誇る憲法九条を守り生かすという一点で、力を合わせよう」と発言した。

社民党・福島みずほ党首が連帯あいさつ


 社民党の福島氏は、次のように力強くアピールした。

 「今日は日本国憲法施行75周年の日。戦争の惨禍を2度と起こさない、不戦の誓いによって日本国憲法が作られた。ウクライナ戦争が行われているいま、一日も早く、一秒でも早く、戦争が終わるように力を合わせていこう。ウクライナ戦争は、まさに武力で平和は作れない、軍備を増強し緊張を煽って戦争をするなということを教えている。いまこそ戦争をしないと決めた憲法九条が、世界で日本で輝くときではないか。政治の役割は、戦争をしないために外交を強めることだ。しかし、政府与党は戦争法で集団的自衛権行使を一部認め、いま敵基地攻撃能力の保有を言い、非核3原則を踏みにじる核保有論が安倍元首相らによって言われている。憲法9条に反することを止めさせていこう。

 自民党は防衛費をGDP比2%にし、5年間で10兆円にすると言っている。すべての大学の授業料と入学金を無償にするのに、さらに必要なお金は3兆円以下だ。小中の公立学校の給食の無償化へさらに必要なお金は4226億円。私たちの税金は、生きる支援に、未来への支援に、生活の支援にこそ使われるべきではないか。防衛費を19兆円にしたら、社会保障や教育予算が削られることは明らかだ。これを絶対に許さないために、政治を変えていこう。

 7月参議院議員選挙が終わったら、それから3年間、国政選挙がないだろうと言われている。そのときに憲法改正に踏み切ろうというのが、いまの政府与党などの考え方だ。それを絶対に許してはならない。憲法を尊重せず、憲法を踏みにじり、憲法を守らないいまの政府与党に、憲法改正などを言う資格はない。今度の参院選挙は、憲法を改悪させない、9条を改悪させない勢力が3分の1以上を占めるように頑張り合おう。護憲の社民党、頑固に平和、元気に福祉で、憲法九条を変えさせないために国会のなかで踏ん張り続けたい。立憲野党の皆さんと力を合わせて、すべての国民の皆さんと力を合わせて、命を大事にする政治を全力ですすめる。民主主義の力で政治を変えて、憲法を輝かせていこう」。

「憲法に根差し憲法を活かしたくらしを!」と市民連合・中野晃一教授


 憲法大集会では、憲法審査会(大江京子・改憲問題対策法律家6団体連絡会)、ジェンダー(小川たまか・フリーライター)、沖縄・日米地位協定(高嶋伸欣・琉球大学名誉教授)、貧困・労働問題(竹信三恵子・ジャーナリスト)の分野からスピーチが行われた。それぞれに大事な訴えであったが、ここでは市民連合の中野晃一・上智大学国際教養学部教授の発言を紹介しよう。

 「今朝、憲法記念日で、新聞各社の世論調査が出ていた。改憲派がずいぶん増えたなとか、戦争のことばかりこれだけ毎日テレビでやっていれば、九条改憲も増えるのも仕方ないと思えるし、あるいはその割にはこの程度で済んだのかという面もあったのかも知れない。私は、朝日新聞の世論調査を読んで、途中でズッコケそうになった。それは何かと言うと、あなたにとって一番優先すべき政治課題は何かという問いに、憲法だというのは何と二%でしかなかったことだ。護憲であっても改憲であってもいま最も優先すべき政治課題は憲法だとする人は2%しかいない。つまり、政治家が改憲をやるぞと言ってマスコミが一緒に太鼓を叩いているので、改憲をやるのかという感じになっているだけだ。朝日の調査では、防衛費より景気だとか福祉や教育・子育てなどにカネを回せという人が合わせて68%ある。改憲をやると言ったら支持する人はもっともっといるだろうが、決して多くの人が望んでいるわけではない。

 我われ市民連合も、くらしと命を守る政治をと訴えてきた。その訴えのメインは、いま憲法をいじっている時期ではないだろうということだ。だが、この訴えは残念ながらまだ十分に市民に届いておらず、この点について工夫をしなければならない。自民党や維新が改憲に前のめりになり、天下国家の一大事だと騒いでいることに対して、いや足元のくらしや命をちゃんと守ってくれと言う人の方がはるかに多いということを、もう一度確認しておく必要があると思う。憲法を守れと言うときに、なにを言おうとしているのかまで言わないといけない。これは野党共闘も一緒だが、憲法を守れと言うとき、私たちは別に憲法を愛でて慈しもうというわけではなくて、憲法に根差し憲法を活かしたくらしをみんなに届けていこうと思っているわけで、このことを強く訴えていこう」。

提起された「安心供与」という論理


 中野晃一教授のスピーチをつづける。

 「もう一点、述べたい。朝日の世論調査のなかで、15%の人が重要な課題として外交安全保障をあげている。やはりいま心配な気持ちはよく分かるが、ただそのことと九条が矛盾するのかと言えば、それは大きな誤解だと思う。なぜか。日本ではいま、専門家と言われる人も含めて、抑止論一辺倒になっている。抑止という言葉は、日本に輸入されてきた文脈のなかでは、単に武力のことを指していると誤解されている。安全保障の理論において、抑止という言葉は戦争を未然に防ぐために武力でもって威嚇しておくという意味だ。攻めてきたらこうやり返すから攻めない方がいいよというのが抑止の意味であって、戦争になったときにどう戦うかという意味ではない。だから私も一定程度の抑止は必要だろうと思うが、ただ抑止一辺倒でやると軍拡競争になって、最悪の事態を迎える。これは安全保障のジレンマと言われるものだ。

 それでは何が必要か。安心供与という言葉で、これはほとんど言われない。安心供与が抑止とセットでなければ抑止が効かない。つまり私たちは先に攻める気持ちはない、あなたたちが死活的に大事なことは尊重して踏みにじることはしない。あくまで攻められたら困るからこうしているんだというメッセージを発しないと、無限にエスカレートをしていくことになる。

 この安心供与ということで言うと、9条を壊してしまう、3項を加えて上書きしてしまい、自衛権という名の下でフルスペックの集団的自衛権までやると、それは九条がないことと一緒で、安心供与のタガが外れ、抑止に頼るしかないことになる。日本は、北朝鮮、中国にしたってすぐお隣だ。安心供与をやらないと、無限の抑止地獄になり、最終的にはアメリカの盾にされてしまうかも知れない。これが分らなくて、何が現実的な安全保障政策なのか。九条を守って、安心供与をちゃんとやって、初めて安全保障政策として成立するんだということを訴えていきたい。まずは参議院議員選挙からだ」。

 抑止・防衛力増強へ国民的支持が高まるなかで、中野教授の「安心供与」論を紹介した。深めたい問題だ。憲法が「戦後最大の危機」にあるとされる情勢をうけて、改憲阻止の闘いに立ち向かいたい。