「進歩と改革」839号    --2021年11月号--


■主張  菅退陣、岸田自民党との総選挙へ  
 
 「コロナ失政」へ高まる批判の果てに


 菅義偉首相が9月3日、総裁選への不出馬、首相辞任の意向を表明した。″秋の日は釣べ落とし”で暮れるのが早いが、菅首相の支持低落、退陣への時間も早かった。「コロナ失政」の結果である。この夏、史上最多の新型コロナ感染者が発生し、重症者が増大、「医療崩壊」の状況が生まれ、自宅療養(自宅放置)による死者が発生する悲惨な事態を招いてしまった。このとき、菅首相は有効な対策と国民の心に響く言葉をもたなかった。記者会見では、プロンプター(原稿映写機)を見ながら原稿を棒読みするだけで説得力はなかった。新型コロナ感染拡大での国民の命と生活の危機に対処する首相の資質に欠けたのである。

 菅辞任に至る経過はすでに詳しく報道されている。横浜市長選(8月22日)の敗北で″菅首相では総選挙に勝てない”との声が自民党内に充満した。総裁選日程が決まると同時に、岸田文雄前政調会長が出馬表 明し(8月26日)、在職が5年を超えた二階幹事長を念頭に「総裁を除く党役員の任期(1年)を連続3期に限定する」と公約した。狙いは、菅政権を支える2A(安倍、麻生)+2F(二階)体制から不人気の2F切りである。「岸田氏に雪崩を打つ可能性がある」とまで評論されるなか、総裁選敗北を恐れた菅首相は、2Aの進言で2Fの更迭を決意し、求心力回復へ党役員人事に着手する。

 ところが泥船の菅政権の役員を引き受けるものがいない。その上、自民党総裁選を先伸ばしして、その前に衆院解散・総選挙をやると報道された。これに安倍、麻生氏が反対し、菅首相から離反した。菅首相からすれば、安倍、麻生氏に梯子を外され辞任に追いやられたことになろう。自民党内の醜悪な権力政治だが、「おぬしらもワルよのう」、時代劇に出てくるセリフをつぶやきたくなる局面である。

 2Aに切り捨てられ万策尽きた菅首相が総裁選不出馬を表明した際、二階幹事長は言い放ったという。「この恩知らず」(朝日新聞、9月10日)。恩知らずなまでに菅首相を追い込んだのは国民の批判である。

 強権・公安政治、利権誘導の菅政権の1年


 菅首相の新型コロナへの対応は経済との両立をめざすGO TOイート・トラベルへの執着であり、ワクチン接種であった。GO TOキャンペーンは新規感染者を拡大し、号令をかけたワクチン接種もワクチン供給不足を招いてしまった。そして強い反対の声に背をむけて東京五輪・パラの開催が強行された。自民党は野党の要求する臨時国会開催に応じず、「菅隠し」に必死となった。これは憲法違反である。

 菅政治への批判は沖縄辺野古新基地建設強行など多いが、終焉に際して指摘しておかねばならないことがある。日本学術会議が推薦したメンバー6名の任命拒否問題である。菅政権の官邸官僚の中心の1人は警察庁出身の杉田和博官房副長官であった。この杉田氏が菅首相とともに、安保法制や特定秘密保護法などに反対する学者を排除したのであり、陰険な公安政治は日本の民主主義を破壊した。

 森功著『墜落 「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』(文藝春秋)という安倍・菅政権の官邸官僚の実相を描いたおもしろい新刊本がある。それによると菅政権の目玉政策である携帯料金の値下げは楽天・三木谷浩史社長の提案であり、デジタル庁については、その基本政策であるマイナンバーカードの普及は、竹中平蔵会長のパソナが請け負う事業だという。つまりは利益誘導型政策だということになる。安倍政権から引き継がれた菅政権の強権政治、官邸官僚政治、加えて利権誘導政治からの転換が強く求められている。

 候補四人で争われた自民党総裁選


 自民党総裁選は9月17日公示、同29日投票で行われた。岸田氏につづき高市早苗前総務相が出馬表明し、安倍前首相が全面支援。神社本庁を母体とする神道政治連盟が支援の通知文を出すなど、党内右翼票の結集に努めた。河野行政・規制改革相の出馬表明では、脱原発政策が引きつづき封印された。河野氏には、国民的「人気」の小泉進次郎環境相、石破茂前幹事長が支援し、このトップ3は小石河連合と言われ、『産経新聞』が見出しにした。石破派の議員がつけたネーミングとされるが、『産経新聞』のそれには〈小石の河〉など問題外とする意図を感じないか。最後に野田聖子幹事長代行が出馬表明した。

 自民党の機関紙『自由新報』(9月28日、10月5日号)は総裁選特集号とされ、4人の候補の政策が掲載されているが、この中で憲法改正を主張しているのは高市早苗氏と河野太郎氏の2人である。自民党内右翼の河野氏への拒否感は、「脱原発」「女系天皇容認」「モリ・カケ解明」にあるとされるが、『自由新報』に河野氏は、憲法改正と合わせ女系天皇問題でも党内右翼にいじましいほど配慮して書いている。

 総裁選は、国会議員票だけでなく、党員・党友票を含めたフルスペック方式で実施された。第1回投票結果は、岸田氏256票、河野氏255票、高市氏188票、野田氏63票となった。党員・党友票で圧倒的な差をつけて河野氏が、過半数をとれないまでも1位と事前予想されていただけに、岸田氏の逆転は意外であった。河野氏は、予想より党員・党友票が減り、とりわけ国会議員票で大きく減らした。

 第2回投票での岸田・高市連合で、岸田文雄自民党新総裁が誕生した。3A(安倍、麻生、甘利)結託で岸田氏が勝ち、菅首相をバックにした河野陣営が敗北し、安倍、麻生氏の影響が残る形となった。 その点では、代わり映えのしない総裁選結果であった。一つの注目点は、高市氏の党員・党友票が事前予想よりも減っていることで、地域の自民党と高市右翼路線には距離があるのではないか。今後に安倍一強はつづくのか。 安倍、麻生氏と菅氏が離反し、敗北したとはいえ河野氏が登場した今回の総裁選を経た自民党の行方を注視したい。安倍氏の地元・山口県の党員・党友票では、岸田氏が陣営の林芳正元文科相の力で安倍氏の推す高市氏を抑え第1位になった。これが安倍自民党支配から脱する契機になればいい。

 強硬な外交姿勢、改憲実現、「政治とカネ」疑惑、原発推進の岸田自民党との対決へ


 岸田氏は、辺野古新基地建設を強行し、「台湾海峡の平和などに、米欧豪印などとともに毅然と対応」「ミサイル防衛の強化」「北朝鮮に対し、国際社会全体として圧力を最大限高め」と、強硬な安保外交姿勢 を打ち出している。憲法については『産経新聞』(9月9日)で、「自衛隊明記を含めた四項目の改正実現を自身の総裁任期中に目指す」とし、「従来より踏み込んだ」と評価された。際立つのはタカ派姿勢である。

 臨時国会は10月4日に召集され、岸田文雄総理が誕生する。先立つ自民党役員人事では、幹事長に甘利明元経済再生相が起用された。この甘利氏、2016年に関係業者から現金を受領した疑惑で閣僚辞任した人物で、国会への説明責任を放棄した。スタートする岸田体制に清新さはない。しかも甘利氏は原発推進派であり、被爆地・広島出身の岸田氏の下で原発再稼働がめざされよう。それを許してはなない。

 岸田氏は、まず日本学術会議メンバーの推薦による任命という民主的原点を回復せねばならない。モリ・カケ・サクラ疑惑の真相究明、財務省決裁文書改ざん問題の解明が臨時国会で所信表明されるべきである。しかし岸田氏は、「再調査をしない」としており、安倍、菅政権の姿勢を継続しようとしている。きたる総選挙では、新型コロナ感染対策の訴えが大事だが、これらの問題も重要な争点にして対決したい。

 市民連合と立憲民主党、共産党、社民党、令和新選組との間で「野党共通政策」が合意された(9月8日)。決して十分な内容ではないが、共同の基礎である。立憲民主党の枝野代表と共産党の志位委員長との間 では、「市民連合と合意した政策を着実に推進するために協力する。その際、日本共産党は、合意した政策を実現する範囲での限定的な閣外からの協力とする」「両党で候補を一本化した選挙区について…小選挙 区での勝利をめざす」ことで合意した(9月30日)。政権交代時に共産党の閣外協力を明示することで、候補統一がすすめられることになった。総選挙勝利へ共同した闘いを強めよう。(9月30日記)