「進歩と改革」834号    --2021年6月号--


■主張  福島第一原発トリチウム汚染水の海洋放出、老朽原発再稼働に強く反対する!  

  「福島第一原発事故の真実」が生々しく

 『朝日新聞』(4月17日)の〈ひもとく〉とタイトルされた書評欄で、「歴史に刻む3・11」をテーマに評論する戸邉秀明・東京経済大学教授(日本近現代史)に案内されて 2冊の本を読んでみた。1冊は、NHKメルトダウン取材班による『福島第一原発事故の「真実」』(講談社刊)で、もう1冊は今井照・朝日新聞福島総局編著の『原発避難者「心の軌跡」 実態調査10年の〈全〉記録』(公人の友社刊)である。

 『福島第一原発事故の「真実」』は、帯に「東日本壊滅はなぜ免れたのか 取材期間10年、1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相」とうたわれたように、 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震とその後の津波で発生した東電福島第一原発事故時の現場の実際を関係者の証言で再現したドキュメントである。

 福島第一原発では、地震と津波で1号機〜3号機(運転中)、4号機(定期検査中)で全電源を失った。 1号機〜3号機で炉心融解(メルトダウン)し、1、2号機、次いで4号機で水素ガス爆発が起き、原子炉建屋、タービン建屋、周辺施設が大破した。本書には、その事故の凄まじい 実相と事故に対処する現場の緊迫した状況が書かれている。同時に、事故から10年の間に明らかになった真実が提示され衝撃的である。例えば当時、吉田昌郎福島第一原発所長の英断 とされた1号機への注水継続が、実際は事故後12日間にわたって原子炉にほとんど注水できておらず、そのことがかえって1号機格納容器の決定的破壊を回避したという指摘である。 また事故の「最悪シナリオ」は、四号機の核燃料プールの水位が低下することで使用済み核燃料がメルトダウンし大量の放射性物資が放出して、東京を含む東日本3000万人の 退避を迫られるというものであったが、それが回避されたのもたまたまの偶然であった。本書は、東電の責任追及に甘い感じはするが、福島第一原発の過酷事故を紙上に再現し ている。原発など決して許されるものでないことが共有されるべきである。

 原発避難者の「心の軌跡」を追い、「復興の蹉跌」を問う


 『原発避難者「心の軌跡」』は、地方自治総合研究所主任研究員の今井照氏(元福島大学教授)が朝日新聞とともに、2011年の原発事故から10年、10次にわたって同じ 原発避難者に行ってきたアンケート調査記録をまとめたものである。

 本書で今井氏が問うのが、政府・県と避難者との間に復興をめぐり生み出される「蹉跌」であり、具体的には、福島第一原発周辺地域を訪問した際の安倍首相(当時) の言葉である(2020年3月7日)。安倍首相は言う。「未来を見据えて、皆で新しい福島をつくっていく。その中で、避難しておられる方々に留まらず、日本中の多くの方々に、 この浜通りに移住していただきたいと考えています。そうした考え方の下、従来の交付金を拡充いたしまして、魅力ある働き場づくり、そして移住の推進に重点を大きく振り向け てまいります」。魅力ある働き場として提起されるのが「福島イノベーション・コースト」構想である。これは経済産業省と福島県が中心に打ち出したプランで、「福島第一原発 立地地域を中心にした産業集積の実現、教育・人材育成、生活環境の整備、交流人口の拡大などの取り組みをさす」。「福島ロボットテストフィールド(ドローン用の飛行場)」や 「福島水素エネルギー研究フィールド(水素製造施設)」などを含むとされる。

 今井氏らのアンケート調査から分かるのは、「被災者の最低にして最高の願いは現状回復である」ということだが、政府・県が重点を置くのは「移住の推進」である。 「移住という政策の選択肢はありうるが、それで事故前の規模の街が再建できるわけではない」と今井氏は言う。そこでは「避難者が避難を終えて実際に帰還するか否かは問題と されない」のである。これが意味するのは原発避難者の切り捨てであろう。

 汚染水海洋放出による地元漁業者切り捨て・環境破壊


 政府は4月13日、関係閣僚会議を開き、東電福島第一原発で発生する汚染水を海洋放出する方針を決定した。先の「移住の推進=原発避難者の切り捨て」と「汚染水 海洋放出=漁業者の切り捨て」が復興の柱とされた。

 福島第一原発では、原子炉の冷却水が事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)にふれ地下水などと混ざって汚染水が大量に発生している。汚染水はALPS(アルプス・多 核種除去設備)で処理した後、敷地内のタンクに保管されてきた。政府や東電は、この保管タンクが来年秋には満杯になるとし、汚染水(放出基準の最大1万倍以上の濃度の水も ある)を再びALPSで処理し、取り切れない放射性物質トリチウム(三重水素)を海水で薄め法定基準以下にした上で海洋に放出すると言っている。とんでもない決定である。 汚染水の海洋放出については、地元漁業者が「風評被害が避けられない」と「絶対反対」の立場を主張し、「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」というのが政府の 約束であった。漁業関係者のみならず、住民、周辺自治体の反対も強く、社会的合意なしの独断決定という以外にない。

 しかし問題は「風評被害」だけにあるのではない。政府・東電は、「トリチウムの海洋放出は世界の原子力発電所が日常的に実施していることで問題はない」とするが、 原子力資料情報室の声明は次のように指摘している。「いったん貯蔵したものを捨てることは日常運転による放出と本質的に異なる。加えて、汚染水にはトリチウム以外にもさま ざまな放射性物質が含まれている。これらの放射性物質の環境蓄積、生体濃縮などが起こりうる。また、これらの取り込みによる人々の内部被ばくが懸念される。放射性物質は薄めれば よいというものではない」。韓国、中国、ロシアなどからの国際的批判も、こうした点にあるのだろう。

 政府・東電が「海洋放出以外にない」としていることについては、市民団体から「堅牢な大型タンクによる陸上保管の継続か、モルタル固化による処分を選択すべき」 との提言が行われてきた。しかし、これを政府・東電が考慮することはなかった。『東京新聞』(4月14日)では、近畿大学がトリチウムの除去技術を研究し実用化を東電に打 診したが拒否されたことが報道されている。海洋放出ありきの政府・東電である。海洋放出は、2年後の2023年がメドとされている。それを阻止するために取り組みを強めよう。

 老朽原発うごかすな!


 4月28日、杉本福井県知事は、運転開始から40年を超えた関西電力の美浜原発3号機(1、2号機は廃炉決定)と高浜原発1、2号機(3、4号機は再稼働済) の再稼働に同意することを表明した。県議会も容認したが、約束の使用済み核燃料の搬出先を見込めないままの決定である。福島第一原発事故後、原発運転期間を原則40年 と定めたルール(原子炉規制法改定)の下で初めての延長決定である。

 本誌今年2月号に寄稿の「若狭の原発を考える会」の木原壮林さんは、「政府、関電、一部の原発関連企業の意のみに依拠し、『住民の安全・安寧を保全すること が地方自治の基本』であることを忘れた福井県知事や議会」「原発マネー不祥事、原発トラブル(蒸気発生器配管の損傷など)、約束違反(使用済み核燃料中間貯蔵候補地など )を頻発させている関電は、安全確保を空約束」「原発関連企業の利益のみを優先させる政府は、税金によって立地自治体を買収して、老朽原発再稼働を強行しようとしている」 と、強く批判している(老朽原発うごかすな!実行委員会ニュース)。

 老朽原発再稼働の背景にあるのが、政府の脱炭素政策である。菅首相は、2050年までに二酸化窒素(CO2)を主とする温室効果ガスの排出を実質ゼロにする としている。オンラインで開かれたバイデン米国大統領主催の気候変動サミットでは、菅首相は「2030年度において温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目 指します」とした。この発言について、5月2日放映のTBSサンデーモーニングでコメンテーターの仁藤夢乃さん(一般社団法人「Colаbo」代表)が、46%削減という数 字を前向きな数字と強調するために、福島第一をはじめ全国の原発が停止し、火力発電稼働で二酸化炭素排出量が多くなった2013年度を基準にしていると、菅首相のマヤカシを批判し ていたのは痛快であった。その菅政権の脱炭素政策が老朽原発再稼働と一体ですすめられている。これもマヤカシだ。危険極まりない老朽原発をうごかすな! 反対の声を強めよう。

 補選・再選挙3連敗の菅政権を追い込もう


 菅首相は当面、東京五輪・パラリンピックの開催と新型コロナウイルスワクチン接種の普及に政権延命をかけているようだ。聖火リレーは3月25日に福島でスタ ートしたが、そのために2度目の緊急事態宣言が21日に解除された。だが感染者が拡大し、米国訪問から帰国(4月18日)後の23日夕、慌てて3度目の宣言発令を発表、 そのあり方や国民生活軽視に批判が高まっている。

 4月23日投開票の衆院北海道2区、参院長野選挙区の補欠選挙で立憲民主党公認候補が勝ち、参院広島選挙区の再選挙では無所属の立憲野党候補が勝利した。菅政権、自 公両党に強い衝撃を与えている。勝利を実現した要因は立憲野党の共闘と団結である。この勝利をきたる総選挙につなげよう。連合内右派産別の共闘妨害を跳ね除ける圧倒的な市民の力を寄せ合いたい。