「進歩と改革」No.827号    --2020年11月号--


■主張  菅政権の発足にあたって

 「逃げ得」安倍と「八百長」菅


 『朝日新聞』(9月27日)の朝日歌壇紙面に「もりかけも 桜も説明しないまま 辞めていくのね 病気とはいえ」という入選作が載っていた。選者の評には「首相辞任のニュースを聞いて、多くの人々がまず持った感想か」とある。本誌もその思いを共有するが、安倍首相の「逃げ得」を許したことは痛恨の極みだ。

 ポスト安倍をめぐる自民党総裁選は9月14日に実施され、第26代となる新総裁が決定し、16日召集の臨時国会で第99代内閣総理大臣に指名された。菅義偉氏である。菅氏が第1次安倍内閣で総務相として入閣したとき、菅事務所には「カン先生はいらしゃいますでしょうか」との電話がよくあったそうだ。菅氏は第2次安倍政権の7年8カ月の間、官房長官を務めたから知名度は高まったが、改めて確認をしておきたい。すが・よしひで首相である。菅氏の自民党総裁就任は、安倍主導・党内派閥政治の結果であり、党員投票も「簡易投票」とされ、当初から結果のみえた八百長試合であった。

 発足した菅内閣は、安倍内閣からの留任が8名、横滑りが3名で、初入閣は5名に絞られた。また「女性活躍の時代」に、女性閣僚は3人から2人に減った。「組閣後の新閣僚の失言・失態が菅内閣の命運を決する」とされるなかで、安倍政権の7年8カ月もの長い間に入閣出来なかった「入閣待望組」の資質に心配があることから新入閣を避けた「危機事前防止内閣」となり、安倍政権継承の性格を鮮明にした。市民連合の中野晃一上智大学教授は、東京都内での集い(9月11日)で、「安倍首相の退陣を我われの手で実現できず、いわば『逃げ得』を許し、安倍後継の菅政権誕生をやすやすと許してしまったことにモヤモヤ感はぬぐえない」とリモート講演した。そうしたなかで、菅政権との闘いがスタートした。

 菅氏に「総理になる資格はない」


 菅内閣の政策を論じる前に指摘しておかねばならないことがある。菅氏に総理になる資格があるのか、という問題だ。菅氏は自民党総裁選での討論において、憲法問題で「自衛隊の立ち位置というのが、憲法の中で否定をされている」と述べた(9月8日夜のTBS報道番組)。この発言について、菅氏は翌日の記者会見で真意を問われ、「若干、言葉足らずだったため、誤解を招いたかもしれない」とし、「憲法に違反するものではないというのが政府の正式な見解だ」と発言を訂正した。これが国会での総理発言だとすれば、即刻アウト、退場である。

 消費税問題では、菅氏は「消費税は将来的に10%より引き上げる必要はあるか」と問われ「〇」と回答した(10日夜、テレビ東京の番組)。人口減少は避けられないと、「将来的なことを考えたら、行政改革は徹底しておこなったうえで、国民にお願いをして消費税は引き上げざるを得ない」と答えた。だが、菅氏は翌日の会見で、改めて問われると、「安倍首相がかつて、今後10年ぐらい上げる必要はないと発言している。私も同じ考えだ」と釈明して、自らの発言を「あくまで将来的な話」とした。先の中野晃一教授は、こうした「憲法」「消費税」をめぐる発言のブレで、「菅氏に総理大臣になる資格はない」と断言している。

 菅政権誕生へ果たした安倍首相の役割に触れておきたい。その一端を『読売新聞』(9月16日)の「検証 自民総裁選」が報道した。。そこでは、「「『石破阻止』安倍首相動く」「『後継は菅氏』麻生・二階氏乗る」と見出しされ、石破氏の総裁・総理就任を阻止する安倍首相の思惑・執念・戦略が示されている。「首相は……持病が悪化し、辞任を決断した時から菅氏を自らの後継と思い描いていた」「首相は『岸田氏では石破氏に勝てない』と危機感を強めた」「首相の『菅支持』を察知し、機敏に動いたのが二階氏だ」。

 アベ政治を継承する菅政権


 安倍首相が菅氏に後継を託したのは、森友・加計学園、桜を見る会、黒川問題等での自らの関与、公文書偽造、政権私物化を暴露されることへの警戒感からであったろう。菅氏への政権移譲に成功した安倍氏は安心したのか、健康を回復したそうだ。現金なものである。菅政権発足は、汚濁に満ちたアベ政治を守り

 真相を覆い隠すためのものであることを第一の特徴とする。加えて、菅首相は何を目指すのか。『文藝春秋』(10月号)に「我が政権構想」を発表しているが、そこでは、コロナ感染防止と社会経済活動再開の両立を前提に、最優先課題として「地方再生」を挙げている。その柱は「観光」と「農業改革」で、コロナ禍で再び外国人観光客の増加をめざし、またコロナ禍を逆手にとって「デジタル化」(全国への光ファイバー設置によるテレワーク、遠隔医療・教育実現)をすすめ、「携帯料金の引き下げ」「縦割り行政の是正」が主張される。安倍政権の成長戦略・競争力強化策のバージョンアップであり、株価至上主義経済の推進である。

 菅首相は「自助、共助、公助」を国家の基本としている。「自分でできることはまずは自分でやってみる。そして、地域、自治体が助け合う。その上で、政府が必ず責任を持って対応する」という。これは自己責任を強調し、国の再分配機能にはたす公的役割(公助)に代えて自助・共助で解決していく新自由主義思想であり、貧困・格差社会是正の視点はない。総じて、菅内閣には、新型コロナ・パンデミックをうけた「ポスト・コロナ」「ウイズ・コロナ」の時代を切り開く思想性、構想力が存在するのか問われている。

 外交で強調されるのが「日米同盟を一層強固に」との主張である。菅氏は、安倍首相のような声高な改憲を唱えていないが、集団的自衛権の行使容認、自民党の四項目改憲、敵基地攻撃論が放棄されることない。日米軍事一体化・軍拡路線からの転換こそが求められる。菅新政権への新聞各社の調査では、支持率が高いところで74%に達した。長期政権を狙っての年内解散を含め菅政権へ対決の準備を怠ってはならない。