「進歩と改革」No.817号    --2020年1月号--


■主張 安倍首相の在職最長記録更新と憲法破壊

 「政治遺産乏しく」と東京新聞


 安倍晋三首相の通算在職日数が、2019年11月20日に2887日となり、桂太郎を抜いて憲政史上最長を更新した。しかし与党内においても、それを寿ぐ雰囲気は大きくないようだ。

 自民党機関紙『自由新報』12月3日号は、1面通しで「安倍総理 在職日数で憲政史上最長」との見出しを載せてはいるが記事は上半分で、下半分は「高知県知事選 浜田氏が野党統一候補に圧勝」との見出しで、浜田氏が万歳3唱をする写真と記事で埋めている。万歳は、安倍首相の最長記録更新より高知県知事選の方にある。『自由新報』は、高知県知事選の勝利で、岩手県知事選、埼玉県知事選につづく3連敗を食い止めた喜び、安堵感で満ち満ちている。1面以外に、安倍首相の記録更新の関連記事が一切ない。その程度のことなのであろう。『東京新聞』(11月19日)は、「政治遺産乏しく」と見出しを打った。

 「桂太郎を抜いた」とて


 安倍首相が追い抜いたのは明治後期から大正前期に3回首相を務めた桂太郎である。この桂太郎、日露戦争時の首相である。これは古い本で恐縮だが、講座派の歴史学者・服部之総の『明治の政治家たち(下巻)」(岩波新書)にこうある。日露戦争開戦に際し、「桂は…対外硬同志会→対露同志会を扇動し、(徳富)蘇峰の『国民新聞』に陣太鼓をたたかせてたちまち全新聞を主戦論に動員、ついに非戦論の牙城『萬朝報』をして『戦争は避く可らざる乎』と方向転換のやむなきにいたらせた」。この「萬朝報」の転向に抗議して職を辞し、『平民新聞』を創刊して非戦論を主張したのが堺利彦、幸徳秋水、内村鑑三らであることは、よく知られている。

 日露戦争後にはじまるのが「政権たらい回し」であった。山縣有朋閥で藩閥官僚・軍部を代表する桂太郎の政権と、原敬が牛耳る政友会の西園寺公望政権との間の「たらい回し」で、桂園時代と言われる。坂野潤治氏の『日本近代史』(ちくま書房)から引用させてもらえば、「政友会が政権につけば桂が軍部や官僚層や貴族院を率いて閣外から協力する。反対に桂が政権を担当した時には、西園寺公望総裁や原敬が政友会を率いて衆議院で内閣を支持する」。こうして桂は日露戦争後に2回、戦争時を含め計3回にわたり首相に就いた。第2次内閣の時代には、韓国併合や大逆事件による社会主義者への大弾圧をしたが、最後は「藩閥打破、憲政擁護」の第1次護憲運動が高まる中で倒れた。つまり、長いだけが立派ではないということだが、翻って安倍政権を7年余も跋扈させたのは我われの痛苦な現実である。

 安倍首相による憲法破壊政治


 安倍第1次政権の成立は2006年9月である。07年8月、退陣に追い込まれたが、12年12月に政権復帰した。その安倍政権の歴史は、まさに憲法破壊の歴史である。

 第1次政権では、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を唱え、教育基本法改悪に踏み込んだ。防衛庁の省への「昇格」、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立した。

 第2次政権では、とりわけ慰安婦問題への日本軍の関与を認めて「おわびと反省」を表明した河野談話(93年8月)の修正をめざした。「歴史修正主義」に基づくものだが、これはならならず、日米同盟強化路線の下、特定秘密保護法(13年12月)、安保法制=戦争法(15年9月)、共謀罪法(17年6月)と次々と成立させ、今日では中東でのシーレーン防衛へ海上自衛隊の護衛艦、P3C哨戒機の派遣が実行されようとしている。

 こうした安倍政権長期化の理由は何か。本誌2019年11月号の「国際政治の視点」で河辺一郎・愛知大学教授が指摘している。「発足当初の第2次安倍内閣は日本軍国主義への共感を隠さず、対米関係も悪化させていたが、国家安全保障局発足後から抑制的になり、15年12月28日の慰安婦問題についての日韓合意、16年12月27日のパールハーバー記念館訪問など、従来の安倍ならば考えられない譲歩を果たし、長期政権化の一因となった」。河辺教授は、「安倍は親米であり、その思想は米国社会と共通するものが多い」とされているが「このような認識とは異なり、米国社会は安倍政権の姿勢に繰り返し警戒を表明してきた」とする(中国21「論説・日米保守派の歴史認識」2014年)。安倍首相の歴史観と米国保守政治家の歴史観が相違するなかで、安倍首相なりに対米関係を見つめ直したということだろう。その対米追随姿勢は武器の爆買いになり、7年連続の防衛費増大で、軍事大国化が進められている。

 改憲によるレガシー(政治的遺産)作りなど許されない


 安倍首相は記録更新の日、記者団に対して「新しい時代の国づくりにまい進する」決意を述べた。『産經新聞』(11月18日)によれば、「『拉致問題、北方領土問題、デフレ脱却…と任期中にやるべき課題はたくさんあるが、国内で完結するのは憲法改正』 安倍首相は周囲にこう語っている」。外交はダメ、経済もダメという中で、「改憲によるレガシー(政治的遺産)作り」(東京新聞)に賭けるということだろうか、それは許されない。

 安倍首相の自民党総裁任期は2021年9月までである。2020年8月24日には、連続在職で佐藤栄作首相(2798日)を抜くという。その安倍政権は、いま政権末期の具敗と汚辱に満ちている。「桜を見る会」である。私物化、公私混同――安倍後援会関係者約1000名が招待され、安倍首相だけでなく昭恵夫人の関与も指摘されている。アッキード事件の再来だ。国民の声を高めて退陣を求めていこう。