「進歩と改革」No.805号    --2019年1月号--


■主張 韓国元徴用工裁判で道義ある解決を!

 新日鉄住金に賠償を命じた韓国大法院判決、日本政府・マスコミ一体の敵意


 10月30日、韓国の大法院(最高裁判所)は、日本の植民地支配の時期に日本本土の工場で強制労働をさせられたとする元徴用工四人が、新日鉄住金(当時は日本製鐵)を相手に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、同社の上告を退け、1人当たり1億ウォン(約1000万円)の支払いを命じた。

 元徴用工被害者たちは、賃金を支払われず、当初の話とは違う苛酷な条件で働かされ、逃亡しないよう厳しい監視下に置かれて、時に体罰を振るわれた。判決は被害者の損害賠償請求権は、不法な植民地支配・侵略戦争と直結した日本企業の反人道的な不法行為に対する「謝罪料請求権」であるとした。そして、「元徴用工の慰謝料請求権は日韓請求権協定の対象に含まれていない」とした。新日鉄住金と日本政府は、被害者の納得をともなった解決をはかるべき責任がある。

 しかしこの判決に対し、安倍首相は記者会見や国会答弁で、元徴用工の個人賠償請求権は「日韓請求権協定」(1965年締結)で「完全かつ最終的に解決している」「判決は国際法に照らしてあり得ない判断」だとして、「日本政府として毅然と対応していく」と激しく反発し、批判した。また河野外相も「日韓関係の法的基盤が揺らいでしまう」「国際司法裁判所(への提訴)を含め、あらゆることを視野に入れた対応をせざるを得ない」と強硬な姿勢を際立たせている。

 この日本政府の姿勢をうけて、日本国内では韓国への強い批判が起きている。それを新聞・TV報道が煽っている。新聞各紙社説(10月31日)を見ても、「(日韓の友好)関係を揺るがしかねない判決を韓国大法院が出した」(朝日新聞)、「この判決の論理を放置していれば、日韓関係は極めて深刻な事態に陥ってしまう」(毎日新聞)、「日韓関係の根幹を揺るがす由々しき事態」(日経新聞)、「不当な判決は到底容認できない」(読売新聞)、「抗議だけでは済まされぬ」(産經新聞)など、その主張は安倍政権と一体ですさまじい。

 「日韓請求権協定」によって個人請求権は消滅していない


 それでは安倍首相やマスコミのいうように、この「日韓請求権協定」は個人の請求権を消滅させたものなのか。そうではない。協定は、日本が韓国に対して無償3億ドル、有償2億ドルを供与することなどで、両国及びその国民の間の請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決された」と確認する内容である。この「完全かつ最終的に解決された」が意味するところについて、1991年8月27日の参院外務委員会で当時の柳井俊二条約局長は次のように述べている。少し長いが、極めて大事な答弁である。

 「その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれ国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない。こういう意味でございます」。

 また同じ柳井条約局長は、92年2月26日の衆院外務委員会では、次のように答弁している。

 「しからばその個人のいわゆる請求権というものをどう処理したかということになりますが、この協定におきましてはいわゆる外交保護権を放棄したということでございまして、韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということは妨げていない。しかし、日韓両国間で外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますからそれは出来ない、こういうことでございます」。

 極めて明快である。日韓請求権協定の最大の問題は、日本が植民地支配した朝鮮の人びとへの不正義を詫びていないことだが、その戦後補償にあたって協定は個人の請求権を消滅させたものではない。したがって安倍首相や河野外相の発言こそ、日本政府の見解に背くものである。当然、被害者の人権を侵害した当該企業に賠償責任が生じてくる。

 戦後補償訴訟の解決にむけて


 日韓請求権協定によって個人請求権は消滅していない! このことの報道はただ東京新聞社説のみが触れているのみで、他紙社説には見られない。その劣化ぶりは実に情けないことだ。

 アジア太平洋戦争中の戦後補償訴訟では、この間に新しい局面が生れている。日本最高裁は2007年4月27日の判決で、下級審から上告された西松建設相手の中国の強制連行関係4件の損害賠償訴訟に関し、いずれも「日中共同声明で中国は個人の賠償請求権を放棄した」との判断を示して原告の上告を退ける一方、「関係者が被害の救済に向けた努力を払うことが期待される」と付け加えた。「日中共同声明で中国は個人の賠償請求権を放棄した」との最高裁判決は強く批判されるべきだが、この判決は一つの新局面を拓き、西松建設などの謝罪、和解金支払いに結びついた。その流れを加速せねばならないはずだ。

 一方、韓国への日本政府・マスコミの激しい批判のなかで思い起こすのは、次のことである。三菱マテリアルと中国人元労働者の和解交渉に際して岡本行夫社外取締役(元外務官僚)が、「日本企業が第2次世界大戦中に外国人労働者に奴隷的労働を強いた罪は認めるし、強制連行された中国人労働者に対しても謝罪する意向である。ただし、朝鮮半島出身の労働者は日本人と同じく『国家総動員法』に基づき労働に従事したのだから例外だ。日本が韓国を併合し、植民地統治を実施し、朝鮮の人々から名前や言語を奪い、神道の信仰を強い、二等国民として扱った罪は認めるが、そのことと朝鮮半島出身者の労働者に対して賠償すべきかどうかは別問題だ」と発言したと報道された(2016年)。1910年の併合によって日本が植民地にした韓国では、「国家総動員法」に基づく『募集」「官斡旋」「徴用」という形態を取ったが、その強制連行被害者への日本国の責任がある。岡本氏の論は、韓国併合条約を正当化し、強制連行を否定するものであり、その認識は安倍首相や河野外相にも共有され、今回の発言につながっているのであろう。許されることではない。

 11月29日には、韓国大法院が三菱重工業に損害賠償を命じた判決も出て、これは今後に続く。侵略・植民地支配の歴史に背をむけてきた姿勢を反省し、ドイツ強制労働補償財団の取り組みに学び解決すべきである。