「進歩と改革」No.799号    --2018年7月号--


■主張 狭山事件・石川さん不当逮捕から55年、今度こそ再審開始を!

 「陥穽に嵌まって今日で55年、科学の進歩も司法は無視」と石川一雄さん


 1963年5月1日、埼玉県狭山市でおきた女子高校生殺人事件、いわゆる狭山事件で石川一雄さんが不当逮捕されてから55年がたった5月23日、「狭山事件の再審を求める市民集会」が東京・日比谷野外音楽堂で開催され、2500人が参加した。別件で逮捕された石川さんは1カ月以上におよぶ警察の取り調べでウソの自白を強要され、犯人にでっち上げられて1審で死刑判決、2審で無期懲役判決をうけた。獄中から無実を叫び、仮出獄後も無実を叫びつづけて、2006年5月に東京高裁に第3次再審請求を申し立て、再審開始―無罪を求め闘っている。

 不当逮捕時に24歳であった石川さんは、いま79歳である。「目の調子が悪く耳も聞こえにくい、最近はよく転ぶ」と報じられており、健康が心配される。この日、石川さんは元気に挨拶したが、今年披露した歌が「陥穽(かんせい)に嵌(は)まって今日で55年、科学の進歩も司法は無視」というものである。石川さんは「司法は必ず真相を究明してくれるという思いで、この55年闘ってきたが、まだまだ道のりは遠い」とも言う。早智子夫人も「狭山事件は部落差別事件であり、国家権力の犯罪だからこそ、これまで厳しい闘いを強いられてきた。しかし、真実は一つ。石川の元気なうちに無罪を勝ち取りたいと願っている」と、支援を訴えた。今度こそ事実調べ・再審開始を!との集会スローガンを実現しなければならない。

 狭山第3次再審請求では、2009年9月から裁判官・検察官・弁護人による3者協議が開始され、この間、弁護団は191件におよぶ証拠を開示させてきた。その開示証拠をもとに新証拠を提出した。開示された取り調べ録音テープでは、部落差別によって当時の石川さんは読み書きができなかったこと、脅迫状を書けなかったこと、取調官の誘導によってウソの自白がつくられたことも明らかになった。「石川さんの教育環境を含めて部落差別の実態、部落差別にもとずく違法捜査を裁判官に認めさせる必要がある」と狭山弁護団・中山武敏主任弁護人は集会で訴えた。狭山弁護団の中北龍太郎事務局長は、「第3次再審請求審は確実に前進している」とした。「前進の基礎は証拠開示にある。永年にわたり証拠を隠してきた検察の罪はまことに深い。弁護団は開示された証拠をもとに新証拠を提出するとともにさまざまな鑑定書をつくって新証拠として提出してきた。これらの新証拠は再審開始の扉を開く大きなカギとなっている」と強調した。

 石川さんの無実を証明する決定的新証拠「下山鑑定」―発見万年筆は被害者のものではない


 なかでも石川さんの無実を証明する決定的な新証拠が「下山鑑定」と「福江鑑定」である。この2つの鑑定を部落解放同盟機関紙『解放新聞』の「主張」(5月14日号)を中心に説明しておきたい。まずは「下山鑑定」である。

 狭山事件では、被害者の所持品である万年筆が石川さんの自白どおりに自宅のカモイから発見され、これが有罪の決定的証拠とされてきた。しかし、この万年筆発見。10数人の刑事が2回、2時間以上にわたって高さ175・9センチ、奥行き8・5センチのカモイを捜査してもでてこなかったものが、3回目の捜査で簡単に発見された疑問だらけというか、ねつ造されたものであった。そして起訴後に、科学警察研究所(荏原技官)が行った鑑定では、発見された万年筆のインクは、被害者が使っていたインク瓶や被害者の日記の文字のインクと異なるという結果がでていた。裁判ではこの鑑定が無視された。弁護団は、インクの違いは万年筆が被害者のものではないことを示すものだと主張したが、第1次、第2次再審で裁判所は、事件当日に被害者が級友のインク、あるいは下校後に立ち寄った郵便局でカウンター備え付けインク(ともにブルーブラック)を入れた可能性があるとして再審請求を棄却した。しかし、被害者が当日書いたペン習字浄書はブルーブラックインクではなかった。また家に帰れば自分のインク瓶があるのに、なぜ下校途中に違うインクを補充する必要があるのか。

 2013年7月、裁判所の証拠開示勧告により被害者のインク瓶が開示された。そのインクは、当時販売されていた「ジェットブルー」という商品名のインクであることがわかった。そこで下山鑑定である。下山鑑定人は、 ブルーブラックとジェットブルーのインクの違いをもとに荏原鑑定を精査・検証した結果、石川さん宅から発見された万年筆には、ジェットブルーインクの成分は微量も混じっておらず、ブルーブラックのみであったことを科学的に明らかにした。これは発見万年筆が被害者のものではないこと、誰かがねつ造したものであることを示すものだ。そして、被害者を殺害したあと、万年筆を奪って自宅に持ち帰り、お勝手の入り口に置いたという石川さんの自白そのものを崩す決定的事実を満天下に示すものだ。現在準備中の下山第2鑑定では、インクの違いがさらに決定的にされ、発見万年筆が被害者のものでないことがダメ押し的に明らかにされるという。

 今一つの決定的新証拠「福江鑑定」―脅迫状の文字は99・9%、石川さんの字と異なる


 いま一つの「福江鑑定」は、今年1月15日に提出された東海大学の福江潔也教授によるコンピューターを使った筆跡鑑定である。その核心は、人間の勘や経験を頼りにしたこれまでの筆跡鑑定とまったく違い、文字のズレ、文字のズレの量など計測をすべてコンピューター自身が自動的に行った結果、脅迫状は99・9%の確率で石川さんとは別人が書いたものであることを判定したことにある。脅迫状と比較したのは、石川さんの書いた上申書と手紙2通のなかからの4つの文字である。見た目で同一人物と判断してきたこれまでの筆跡鑑定は、この福江鑑定によって完全に崩壊したことになる。弁護団が提出した新証拠はこれだけではないが、「下山鑑定」「福江鑑定」という決定的新証拠を前に、狭山第3次再審請求の闘いは大きなヤマ場を迎えている。

 ただその前途に2つの宿題があると片岡明幸・部落解放同盟狭山闘争本部長は、集会で基調提案した。「1つは万年筆のインクに関連した下山鑑定について、検察側が反論してきたので、それに再反論する必要がある。もう1つは、筆跡に関する福江鑑定について、先日5月14日の3者協議で検察官が反論・反証を検討しているといった。福江鑑定をだしたのが1月だから、今回の3者協議まで5カ月かかっている。コンピューターでの福江鑑定が手ごわく、それに反論できる研究者・学者を捜すのに困って5カ月という長い時間がかかったのだと思うが、それに対して我われが反論しなくではならない」。そして、「その2つが終わった段階で、弁護団としては、いよいよ裁判所に対して事実調べ、具体的には証人訊問なり鑑定人訊問を迫り、文書で申し入れることになると思う。そうすれば、裁判所がそれに回答することになるから、早ければ年内にも回答がでてくるわけで、いよいよ狭山第3次再審請求の闘いは最後の大詰めを迎えることになる」。

 「下山鑑定」「福江鑑定」の大々的情宣で石川さん無実の声を高め、事実調べ・再審開始を実現しよう。