「進歩と改革」No.787号    --2017年7月号--


■主張 2020年の新憲法を明言した安倍政権に対抗を!

 憲法施行70年 いいね!日本国憲法


 5月3日の憲法記念日、東京の有明・臨界防災公園で「施行70年 いいね!日本国憲法 平和といのちと人権を! 5・3憲法集会」が開催され、5万5000人が集った。昨年の集会には、反戦反骨のジャーナリスト・むのたけじさんが登壇し、護憲平和への熱いアピールを行ったが、そのむのたけじさんは昨年8月に亡くなった。101歳であった。戦争を体験した世代からの生の声が一気に薄れていく時代状況に直面しているが、平和憲法を擁護する力を継承して高めていきたいものである。

 今年の集会では、民進党の蓮舫代表、共産党の志位和夫委員長、自由党の森裕子参院議員会長、社民党の吉田忠智党首、参院会派「沖縄の風」の伊波洋一幹事長が登壇し、そろって憲法擁護の決意を表明した。多彩なゲストがスピーチしたが、ファッション評論家・シャンソン歌手のピーコさんが登壇し、自民党の改憲草案を「自衛隊を国防軍にすることは戦争をしないことではない。あまりにひどい草案であり、改憲は許されない」と強く批判し、拍手を浴びた。

 自民党は2012年に「日本国憲法改正草案」(自民党改憲草案)を発表した。「国民主権の縮小」「戦争放棄の放棄」「基本的人権の制限」という「新しい3原則」(『あたらしい憲法草案のはなし』太郎次郎社エディタス刊)を特徴とするもので、この自民党改憲草案への対抗が憲法擁護運動の大きな課題とされてきた。実際、2015年11月の美しい日本の憲法をつくる国民の会主催の改憲集会に対して、安倍晋三自民党総裁はビデオメッセージを送り、「平成24(2012)年には党として憲法改正草案を発表し、これを世に問うてまいりました。憲法改正の手続きについては第1次安倍政権で国民投票法が制定され、憲法改正に向け、渡っていく橋は整備されたのであります」としていた。自民党改憲草案を世に問うと明言していたのであり、これを軸にして改憲戦略を追求してきたことは間違いのない事実である。

 自民党改憲草案に相違する安倍5・3ビデオメッセージ


 ところがである。安倍首相は今年の5月3日、民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会主催の「第19回公開憲法フォーラム」に自民党総裁ビデオメッセージを送り、「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」「憲法において、国に未来の姿を議論する際、教育は極めて重要なテーマ」と具体的な改憲項目に言及し、かつ「2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている」と具体的な改憲時期までも明言した。安倍氏は同日の『読売新聞』のインタビューでも同じことを述べている。

 戦争放棄をうたった9条1項、戦力不保持を定めた2項を残し、3項を新設して自衛隊を明文化するという今回の安倍メッセージは、9条2項を廃止して自衛隊を国防軍にする自民党改憲草案とはまったくかけ離れたものである。確かに、自民党の平成29年度運動方針では、自民党改憲草案には触れられておらず、「衆参憲法審査会での幅広い合意形成をはかるとともに……」と、改憲での野党との対話を重視する姿勢を示すなど戦略の軌道修正が行われていたが、それにも反する唐突かつ一方的な転換であった。「党内では一度も議論していない」(石破茂氏)と異論がでる所以である。

 安倍首相は国会で、改憲メッセージについての真意を問われ、「この場は自民党総裁ではなく、内閣総理大臣としての答弁に限定している」として説明を避けた。一方、「自民党総裁としての考え方は、相当詳しく読売新聞に書いてあるので、熟読してもらってもいい」とした。まるで『読売新聞』のセールスマンである。憲法擁護義務がある首相の立場を強調したつもりであろうが、その『読売新聞」には大きく「首相インタビュー」と書いてある。いい加減なのだ。支離滅裂である。この答弁一つ見ても、安倍氏に憲法を論じる資格のないことが分る。

 「日本会議」と共振し、9条3項の新設をめざす


 安倍改憲メッセージの背景にあるのが日本会議の存在である。「組織の理論構築や事務総括の中枢を成長の家出身者たちが担い、神社本庁を筆頭とする全国の神社界や右派の新興宗教団体が手厚く支援する日本会議の実態は、端的に言って宗教右派組織であり、その訴えは相当に復古的で戦前回帰的である。だから戦後体制を徹底して敵視し、憎悪すらし、転換や転覆をはかろうとする様は十分に『反動的』であろう」(青木理『日本会議の正体』平凡社新書)とされている。今回の憲法フォーラムを主催した民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会は日本会議のフロント団体である。

 9条3項新設案は、もともと日本会議の政策委員で、安倍首相のブレーンである伊藤哲夫氏が護憲派分断策として早くから提唱してきたものだという。その日本会議の主張に、「戦後レジュームからの脱却」を唱え、現憲法を「みっともない」と敵視する安倍首相が共振する。日本会議が宣伝するチラシには「自衛隊の存在についてふれていない憲法9条」「自衛隊の存在を憲法に明記しよう」とある。安倍首相の今回のメッセージと全く同じだ。安倍首相と日本会議は、何よりまず憲法改正のはじめの一歩を踏み出すこと、その実現可能性が高いと、九条三項新設に合意したのであろう。この案では「自衛隊は国民の大多数が受け入れており、反対運動は広がらないだろう」「加憲論の公明党も、教育無償化を主張する日本維新の会も取り込めるだろう」「9条3項新設案は、もともと民進党の前原誠司元外相の論である。立憲野党の分断が期待できる」という目論みがあるのであろう。

 「2020年新憲法年施行」との闘いへ


 安倍改憲メッセージでは、2020年に新(改正)憲法の施行をめざすという。改憲にはいくつかの手続きがいる。衆参両院の憲法審査会で合意され、それが衆参両院の各本会議で3分の2以上の賛成で成立すれば発議となる。60日〜180日の周知期間を経て行われる国民投票で、有効投票の過半数が得られれば、6カ月後に新憲法が施行される。2020年の年明け召集の通常国会は新年度予算案の審議が最優先され、また夏には東京五輪・パラリンピックがあり、20年前半の国民投票は日程的には難しい。そこで、安倍首相、改憲派が2020年に新憲法を施行するためには、遅くともその前年までには国民投票を行い勝利する必要があるとされる。

 そうした中、浮上しているのが国民投票と国政選挙との同時実施説であり、想定されるのが「2018年後半の衆院選(18年12月が任期満了)との同時実施」(最速ケース)、または「19年夏の参院選との同時実施」である。立憲野党間にあっても、自衛隊の憲法解釈は同じではない。同時実施で、野党の分断、野党共闘・選挙協力つぶしを狙っているのであろう。もちろん、これらのスケジュールは確定したものではないし、憲法改正には国会での改憲原案の合意・発議が不可欠だ。衆参ともに改憲勢力が3分の2議席を握っているが、「安倍政権下の憲法改正は許さない」との民進党に憲法審査会の場での頑張りも期待したい。同時に、2020年新(改正)憲法施行を阻止するために、我われの地域・職場の闘いへ強い決意と態勢が迫られている。

 安倍改憲メッセージへの「立憲デモクラシーの会」の批判


 安倍改憲メッセージに対し、「立憲デモクラシーの会」が見解を表明し、次のように批判した。「自衛隊はすでに国民に広く受け入れられた存在である。それを憲法に明記すること自体に意味はない。不必要な改正である。自衛隊が違憲だと主張する憲法学者を黙らせることが目的だとすると、自分の腹の虫をおさめるための改憲であって、憲法の私物化に他ならない。他方、現状を追認するだけだから問題はないとも言えない。長年、歴代の政府が違憲だと言い続けてきた集団的自衛権の行使に、9条の条文を変えないまま解釈変更によって踏み込んだ安倍首相である。自衛隊の存在を憲法に明記すれば、今度は何が可能だと言い始めるか、予測は困難である」。

 「自衛隊はすでに国民に広く受け入れられた存在である」との指摘が注目される。この見解が指摘するように、安保関連法(戦争法)によって集団的自衛権の行使まで容認された自衛隊を三項に明記すれば、その活動は9条1項、2項を決定的に空洞化させるものとなる。まさに、今後の予測が困難である。これは到底、認めることはできない。

 安倍首相が憲法に明記するという自衛隊は専守防衛の自衛隊ではない。しかし現実に、自衛隊の存在を認める広範な国民世論があり、自衛隊違憲論だけで改憲阻止運動に勝利できる程、情勢は甘くはない。しかも、この間の「総がかり行動」も、「戦争をさせない1000人委員会」も、また「9条の会」も、参加者に自衛隊の合憲・違憲を問わない幅広い運動であったはずである。それだけに、自衛隊容認論が、安倍改憲・三条新設への抵抗を弱め、安倍改憲へ統合されることを警戒しなければならない。「自衛隊追認という曲球―最近のさまざまな世論調査を見ても、大多数の国民は自衛隊を容認しています。護憲派にしてみれば、正面きって反対できるだけの論拠がない。今さら自衛隊違憲論を唱えても、とうてい世論の支持を得られないでしょう」(加藤朗・桜美林大学教授、『朝日新聞』5月9日)と指摘されるが故に、今後の運動展開が留意されなくてはならない。

 上杉聡『日本会議とは何か』に学ぶ


 その点で、上杉聡・日本の戦争責任資料センター事務局長の『日本会議とは何か―「憲法改正」に突き進むカルト集団』(合同出版刊)は、自衛隊の憲法上の位置を学び、運動の展開を考える上で貴重かつ問題提起の本である。

 上杉氏は敗戦後の平和憲法制定過程(第90回帝国議会憲法改正小委員会〔秘密会〕議事録)を検証し、「日本国憲法第9条は、自衛権を否定しないものとなった。ただ、積極的に自衛権を行使する、と述べたわけではない。厳密にいうならば『自衛権は保持するが、積極的に自衛権を行使することについては、自衛の範囲という最低限の制約のもとでその行使・不行使を時の政府に委ねる』という消極的な規定にすぎない。これにより自衛力の制約が生まれ、攻撃してくる勢力を跳ね返すに足る軍事力を大きく上回る保有はできないことになる(専守防衛)。これが、憲法制定過程から確認できる9条の法文解釈である」と結論されている。つまり、改めて憲法で自衛隊が合憲であることを明記する必要はないということである。安倍メッセージへの対論であろう。しかし、安倍首相、自民党、日本会議等は、それを進めようとしている。なぜか。「彼らの本当の目的は、憲法の全面改正にあるからである」(上杉氏)。この指摘を重く受け止めて闘わなければならない。

 今の自衛隊はアメリカの世界軍事戦略と一体となって専守防衛の枠を大きく超えている。九条理念からの大きな乖離によって、すでに九条の空洞化が拡大し、放置されていることへの心配も強い。そこに9条3項新設論が付け込む余地もあろう。従って、この違憲な状態の解消へ「九条に命を吹き込む」構想と一体化してこそ、9条3項新設ストップの運動が有効となるのではないか。平和フォーラム編の『9条で政治を変える―平和基本法』(高文研刊)が、自衛隊の改編・軍縮プログラムなどを提起している。それらも生かして、安倍改憲に対抗したい。