「進歩と改革」No.727号    --2012年7月号--


■主張 閉塞する日朝関係を打開・改善する動きを大きく!



 松原拉致問題担当大臣側近が芦沢渋谷区議を介して朝鮮にメッセージ


 野田内閣の拉致問題担当大臣は、衆議院議員の松原仁氏である。選挙では、いつも「ジンジンジンまつばらじん」と連呼している。松下政経塾出身(2期生)で、民主党への政権交代後に拉致議連の事務局長になり、野田改造内閣で拉致問題担当大臣に就いた。就任後の今年1月には、NHK番組で、朝鮮に対する制裁を「強める可能性はあっても弱めることはしない」と発言し、4月には、韓国・ソウルで、脱北者らが運営するラジオ局「自由北韓放送」に出演したという対朝鮮強硬派の右派政治家である。  その松原氏の側近の政府関係者が、5月15日から朝鮮民主主義人民共和国を訪問した日朝友好促進東京議員連絡会第六次団の団長を務めた芦沢一明渋谷区議(民主党)に、朝鮮へのメッセージを託していたことが、報道によって分かった。北京空港、羽田空港で芦沢氏をまちかまえた報道機関の取材で判明した。伝えられるところによると、メッセージの内容は、「両国関係の将来について、実務者と意見交換をさせで判明ていただきたい」というもので、芦沢氏の話では、「『日朝関係の現状打開をして今の関係を少しでも前に進めるために、真摯な実務者と実務者の話がしたいんだ』と、こういうことです」(19日、TBSNEWS)となる。メッセージの宛先は招聘先の朝鮮対外文化連絡協会と朝鮮労働党であったとされる。メッセージを託された芦沢氏は、日朝友好促進東京議員連絡会の共同代表であり、この間、日朝友好に努めてきた人である。  今回、松原サイドが芦沢氏らの訪朝話を聞きつけてメッセージを託したようだ。芦沢氏は、朝鮮で、対外文化連絡協会の黄虎男(ファン・ホナム)日本局長〔小泉純一郎首相と金正日総書記の日朝首脳会談で通訳を務めた〕と4四回面会し、その際、メッセージを渡した。朝鮮にとって、松原氏がとってきたこの間の反朝鮮の言動は承知のことであろうが、黄氏は「経済制裁をかけながら、一方で関係を打開したいというのは成り立たない」としつつも、「日朝関係を真剣に前進させようとしている人であれば、誰とでも会う」と応じたという。これが結論である。

 対朝鮮経済制裁の破綻と日朝交渉を求める声の高まり


 朝鮮へのメッセージは、松原氏側近から発せられたが、これは松原氏本人の了解があって、いやむしろ松原氏本人の意志から出たものであろう。もともと松原氏は、対朝鮮制裁を主張しながら、他方で朝鮮との対話の必要も主張していた。両者の矛盾には無自覚なようだが、大きな変化ではある。この背景には二つのことが考えられる。  一つは、日本政府のとってきた対朝鮮経済制裁の破綻である。この間、政府の対朝鮮経済制裁は、朝鮮のミサイル発射、その後の地下核実験を受け、小泉政権での第一次制裁、安倍政権での第二次全面制裁へと拡大されてきた。安倍政権では、@朝鮮全船の入港禁止、A朝鮮からの輸入の全面禁止、B同国人の入国の原則禁止が打ち出された。その結果、平和への対話も日朝間の貿易も途絶えた。貿易で言えば、日本との落ち込み分は中国・韓国が補い、2011年の対朝鮮貿易のシェアは、日本はゼロで、中国が67・1%、韓国が20・4%を占めている。朝鮮との貿易を止めれば、朝鮮が音を上げ、拉致問題の解決へ歩み寄ってくるという安倍政権以来の日本政府の狙いは完全に破綻している。  いま一つは、そうした中で出てきた「拉致問題解決のためには朝鮮との交渉が必要」という、被害者家族である横田滋さんらの声の高まりではないか。『週刊朝日』(5月18日号)には、横田滋さんの「経済制裁といっても全然解決していない。金正日(総書記)が亡くなって交渉のチャンスがめぐってきたのだから、(制裁を)緩めるべきです。強化すると、交渉したくないという意志表示になってしまう」「これから交渉しようというのなら(金正日総書記への)弔意を表すべきだと思いました」との声が載っている。「支援団体『救う会』は制裁強化を求めるが、横田さんは懐疑的だ」ともある。  民主党機関紙の月刊『民主』(2012年5月25日号)には、「圧力一辺倒でなく北朝鮮の真意を探る努力を」と題したジャーナリストの辺真一氏と有田芳生衆院議員の対談が載っている。そこで辺真一氏も、「解決のためのレールを敷く努力をしなければ、腕を組んで、あるいはこぶしを振り上げて解決できる話ではありません」と述べている。確か、辺真一氏は、以前は対朝鮮経済制裁論者ではなかったか。時代と情勢は変化している。

 日本人遺骨問題などで日朝実務者協議を


 拉致問題の解決は、日朝間に存在する大きな課題であるが、「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」とする安倍内閣以来の強硬方針では、日朝間の対話自体が成り立たない現状に至っている。経済制裁も効果がない。今年は平壌宣言一〇年である。失われた一〇年を取り戻し、閉塞した日朝関係を打開・改善するために、大きく歩を踏み出していくときである。そうした中、いま日朝間で解決すべき課題として朝鮮から提起されているのが、日本人の遺骨問題と日本人妻問題である。  日本人遺骨問題とは、日本の敗戦前後に日本に引き揚げることができず、朝鮮に残留し死亡した人の遺骨返還問題である。朝鮮では開発の過程で、日本人の墓や骨が鉄帽と一緒に発見され、発見された遺骨は日本に返還されるべきとの立場で、工事を止めている場所がある。これについては、宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が次のように語っている。「遺族・遺骨問題は、元々一九五六年に日本赤十字が提起した問題で、九九年の村山訪朝団からも提起があった。道路建設などの過程で、日本人の墓があちこちで見つかっている。平壌にもあるし、清津にもある。日本側にやる気がなければ工事を続行するほかない。日本の人道問題として取り組んでいる」(キムイルソン主席生誕一〇〇年記念・日本準備委員会代表団訪朝報告集)。  これは、強制連行・強制労働で日本で亡くなった朝鮮人の遺骨返還問題とともに、戦後の不正常な日朝関係のなかで取り残されてきた問題である。日本人妻問題では、宋氏は「日本政府がとった制裁措置のなかで、朝鮮国籍者の日本訪問禁止を打ち出した。そのため日本人妻は帰れなくなっている。人道的に問題だ」としている。宋氏は、これら人道問題の解決に向けて中井洽元拉致担当相との会談を続けているが、具体的進展はない。今回、芦沢氏と面会した黄氏も、「日本人妻や遺骨収集などを進める中から、日朝関係を前進させたい。日本政府としての意志を表示してほしい」と発言したとされる。これは、松原氏(側近)のメッセージの本気度、また民主党政権の構えを問うているのであろう。朝鮮の姿勢に松原氏や民主党政権は応えるべきである。今度こそ、制裁措置の緩和・解除、朝鮮学校への高校無償化適用とともに、日朝間の実務者協議を実現したい。 TPPは日本を壊す! 日米首脳会談を前に「交渉参加表明阻止」へ共同行動


 4月29日、野田首相が訪米した。5月1日(日本時間)にオバマ大統領と会談し、「日米同盟はアジア太平洋地域の平和、安全保障、安定の礎」と、同盟強化をうたった共同声明を発表した。この首脳会談では、日本のTPP(太平洋経済連携協定)への交渉参加が表明されるのではないかと心配された。野田首相は、昨年11月に開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)ハワイ会合で、「TPP参加交渉にむけて関係国との協議に入る」としたが、それを受けて今度は正式な交渉参加を表明をするのではないかという警戒である。

 これには根拠があった。福島みずほ政治スクール(4月11日)で講演したTPP問題の第一人者・東京大学の鈴木宣弘教授によれば、「政府は、国民には曖昧にしておいて、正式参加にこぎつけようと、必死の画策を行なっている。アメリカにも事前にあまり騒がないようにお願いしている。そして『国民が不安をいだく』可能性のある情報をひた隠しにしようとしている。各種説明会で政府から提出される文書には、TPPに対する懸念について心配の必要がないことを意図的に強調しようとする工夫があからさまである。質疑時の回答も、懸念があることを認めるのは農林水産省のみで、あとは、まともに質問に回答していない。こんなことをやって、国民をだまして、国をとんでもない方向に持っていっても何とも思わないのだろうか」と指摘していた。野田政権が、国民や政治家に情報を秘匿しだまして、TPP早期参加に前のめりになっていたことは明らかだ。

 鈴木教授の講演のタイトルは「TPPは日本を壊す」であった。TPPへの参加はアメリカへの隷属の道である。例え野田首相がアメリカに交渉参加を表明したとしても、日本が自由にアメリカと交渉できるわけではない。鈴木教授によれば、「アメリカは国民に意見公募して、日本にあれもやれ、これもやれと、いちゃもんのような懸念事項を山のように出してきて、それに対して日本はすべて応えるんだろうなという『念押し』が始まった。これに対して日本側が『はい、何でもやります』と決意表明して、初めて日本の参加が承認される」のである。「米国議会のTPPに関する公聴会で、マランティス米次席通商代表は、日本が交渉に参加できるかどうかは、コメ、牛肉(BSE)、SPS(動植物の衛生)措置、自動車、保険(郵政民営化)、医薬品、医療機器など、議会や利害関係者から出された懸案事項に日本がどの程度迅速に対応するかによると明言している」(鈴木教授)。このままアメリカの言うことをホイホイと聞いていたら、農業だけでなく日本のルールは破壊されよう。

 今回、日米首脳会談でのTPP交渉参加表明は見送られた。消費税増税法案の審議が立ち遅れる野田首相にとって、この時期の表明は荷が重かったのかも知れない。だからといって、問題が解決したわけではない。今後、5月のG8(主要国首脳会議)でのオバマ・野田会談などで、 交渉参加表明が行われるのではないかとされている。これは許されないし、TPP参加を断念させる引き続く運動が必要である。日米首脳会談に向けては、4月25日、「STOP TPP キャンドル集会」が開催された。この実行委員会には農業・農民団体、生協、消費者団体、市民団体など幅広い40団体が結集した。さらに、共同の輪が広がることが求められる。


原発再稼働阻止! 全原発停止の歴史的転換点へ!

 野田政権をめぐっては、今ひとつ、原発の再稼働問題に触れておきたい。

 東京電力の柏崎刈羽原発六号機の運転が4月25日に停止し、これで国内の原発54基のうち、53基がストップした(うち福島第一原発4基は廃炉)。残る北海道電力の泊原発3号機もこのままでは5月5日に停止され、再稼働がない限り、日本の全ての原発が止まることとなる。今年の「こどもの日」は、日本の原発史上、歴史的な転換点にあるが、そこから大飯原発3・4号基再稼働へむけた政府・財界の動きが強まった。福島第一原発の事故調査も終わらず、原子力規制庁もスタートしない中、たった四人の関係閣僚会議で再稼働が「妥当」と判断された。仙谷由人・民主党政調会長代行に至っては、「原発を再稼働しなければ日本は集団自殺」とまで発言し、原発再稼働を導いている。この動きの背景にあるのは、「再稼働なしで今夏を乗り切れば、原発の必要性がなくなってしまう」との危機感であろう。仙谷氏の場合は、菅政権下で原発輸出をうたった「新成長戦略」以来の立場で「原発輸出のためには、日本の原発が止まっては困る」ということではないか。しかし、民主党内の再稼働反対派の存在もあり、大飯原発の再稼働は容易ではなくなっている。

 大飯原発の再稼働をめぐっては、再稼働しなければ電力不足になると強調されている。それに対して、飯田哲也・環境エネルギー研究所長は、「国の考え方の前提は原発がなければ電気が足りないというもの。そうではなく、停電などをさせずに(既存設備で)安定供給するにはどうすればいいのか、と考えるべき。緻密に計画を立てれば、ピーク時の電力もきちんとコントロールできる」としている。福島第一原発事故が発生した今、再び原発事故が起きれば、どれほど市民の生活に影響を及ぼすか想像すらつかない。それこそ日本沈没であり、飯田氏の主張する立場こそが社会の持続のために必要とされていることであろう。


 野田政権に突きつけられる「国民の七つの疑問」と「地元範囲」

 仙谷氏と同様に菅内閣を支えた人に田坂広志氏がいる。田坂氏は、福島第一原発事故後に、菅内閣の官房参与として原発事故対応にあたった人である。田坂氏は、原子力を推進してきた人であり、今後も原子力の平和利用に期待をつないでいる人だが、仙谷氏とは相当に姿勢が違い、政府は「国民の七つの疑問」、つまり@原子力発電所の安全性への疑問、A使用済み核燃料の長期保管への疑問、B放射性廃棄物の最終処分への疑問、C核燃料サイクルの実現性への疑問、D環境中放射能の長期的影響の疑問、E社会心理的な影響への疑問、F原子力発電のコストへの疑問、に答えるべきだとしている。しかし、これは決して答えられない疑問である。その田坂氏は、いま焦点となっている原発の「地元範囲」についても、「原子力災害は、ひとたび起こったとき、その被害が『周辺地域』を超え『極めて広域』に及び、さらには『日本全体』に及ぶ可能性さえあることを示した」(『官邸から見た原発事故の真実』光文社新書)と語っている。この指摘によれば、大飯原発の再稼働でも、やはり日本全体が「地元」ではないのか。これに野田政権はどう答えるのであろうか。再稼働などストップすべきだ。

 京都大学原子力実験所の小出裕章助教が次のように言っている。「もうすぐ日本では原子力発電がすべて止まる日を迎えます。それを、本当に大切なものとして、原子力に頼らない世界に踏み出す一番いい機会だと思います」。この言葉をしっかりと胸に刻み、原発再稼働阻止から脱原発の取り組みを強めたい。