「進歩と改革」No.723号    --2012年3月号--


■主張 土肥信雄・都立三鷹高校元校長の闘いは続く!


  
「学校に言論の自由を!」と都教委を提訴

 「学校に言論の自由を!」と都教委(東京都教育委員会)を提訴した高校の元校長がいる。組合員ではなく東京都立三鷹高等学校の校長先生であった。名前は土肥信雄(どひ・のぶお)さん。1948年生まれで、現在63歳である。

 土肥さんは、東京大学農学部卒業後に大手商社に就職したが、談合に嫌気がさして退社した。非常に正義感の強い人である。通信教育で、小、中、高校の教員免許を取得。小学校、高校教員を経て、2002年に伊豆七島の東京都立神津高校校長、そして05年に都立三鷹高校校長となり、09年3月に退職した。

 その土肥さんが、退職後の09年6月、都教委を東京地裁に訴えた。そもそものきっかけは、三鷹高校校長時代、都教委から土肥さんにかかってきた一本の電話である。「明日、指導部へ来ていただきたい」。呼び出しの理由の一つは、米長東京都教育委員への土肥さんの批判であった。米長委員とは、04年の園遊会で、天皇に「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話し、天皇の「やはり、強制に なるということではないことが望ましい」との想定外の発言に驚愕して、「もうもちろんそう、本当にすばらしいお言葉をいただき、ありがとうございます」とシドロモドロの答弁をしたあの将棋の米長邦雄氏である。米長氏は、石原慎太郎都知事の下で教育委員に任命された。都教委は、03年、入学式・卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を義務付けるため、全ての都立高校校長に職務命令(10・23通達)を出したが、米長氏はその中心であり、土肥さんは「天皇の園遊会で国旗・国歌問題を強制しないようにと諌められたのに、強制するのは許せない」と批判的であった。男女混合名簿に賛成する土肥さんは、それに猛反対する米長氏の姿勢も批判する。

 いま一つは、06年9月の東京地裁・難波判決である。10・23通達は憲法違反、教育基本法違反であり、教職員が「国旗」に向かって起立し、「国歌」を斉唱する義務はないことを認めたのが難波判決である。土肥さんはこれを評価し、「この判決で都教委も頭を冷やして、少し冷静になった方が良いよ」と発言した。

 これが都教委に密告された。都教委は土肥さんに「都立高校の管理職である校長にもかかわらず、教育委員の米長氏を批判するとは何事だ。日の丸・君が代問題で我々都教委(被告)の相手(原告)である教職員が勝訴した難波判決を校長が評価するとは何事だ」と詰問した。そして「近々、米長氏が三鷹高校を訪問する」と恫喝した。こうして土肥さんに対する都教委による言論弾圧・統制があり、監視が強まることとなる。結局、米長氏は三鷹高校には来なかったが、学校から言論の自由を奪う都教委の民主主義破壊の姿勢に対し、土肥さんは闘うことを決意したのである。


土肥さんの非常勤教員採用を拒否した都教委

 土肥さんが、都教委を東京地裁に提訴した理由は、「『基本的人権が保証されている民主主義国家において、こんなことが許されて良いのか』という思いを何回も何回も繰り返すうちに、どんどん怒りに変わってきました。私の怒りの極限として、裁判に訴えたのです」というものである。その原点にあるのは「日本国憲法が大好きで、基本的人権と平和主義が私のポリシー」(『それは密告から始まった―校長vs東京都教育委員会』七つ森書館)という土肥さんのリベラルな姿勢であろう。 裁判での争点は、「都教委の言論弾圧」をはじめ「生徒の表現行為に対する検閲の強要」「職員会議において職員の意向を確認する挙手・採決の禁止の通達」「校長による教職員の業務評価に対する違法・不当な干渉」など概ね八つに及ぶが、ここでは「非常勤教員採用試験での不合格処分」の問題について触れておきたい。

 土肥さんは、優れた教育実践者である。三鷹高校校長時代(それは三鷹高校時代だけではないだろうが)、生徒一人一人の名前を覚え、毎朝、生徒に声をかけ、親密な関係を築いてきた。三鷹高校での離任式には生徒から表彰状が贈呈され、生徒・保護者から心のこもった寄せ書の色紙が手渡された。それは「東京都内に二百数十名いる都立高校の校長の中でも間違いなくトップクラスにランクされるべき素晴らしい校長」(原告・訴訟代理人、吉峯啓晴弁護士)とされるほどのものである。

 その土肥さんは、定年退職後にも、生徒との関わりを持ちたいと願い、非常勤教員の採用試験を受けた。しかし、応募したほとんどが合格したにもかかわらず、土肥さんは都教委によって不採用とされてしまったのである。その理由は、「都教委の都立高校の校長に対する不当な干渉に対し、土肥氏が校長としての職責を全うし毅然とした態度を持って。それが不当な干渉であると告発してきたことを、都教委が疎ましく思っていたからに他ならない」(吉峯弁護士)し、これ以外は考えられない。大きな争点であった。


東京地裁が請求を棄却、ただちに控訴へ

 裁判の判決は、1月30日、東京地裁民事第19部法廷で行われ、古久保正人裁判長は、土肥さんが求めたすべての請求を棄却した。完全敗訴である。報告集会では、高橋弁護士が「一部の事実認定については裁判所がこちら側の主張を認めたものの、ほとんど一方的に都教委側の主張を追認したものである。特に争点最後の項目の不合格処分の不当性については、裁判所も『土肥先生が意見表明をしたことに対してマイナス評価をしてはならない』と言っているものの、低評価が『選考実施要項に反するとは言えない』として、全く都教委の判断に全面的に追随する内容といえる」と総評した。最低最悪の不当判決であり、これでは校長は教育行政のいいなりになるしかない。この裁判は、日の丸・君が代裁判ではないが、この判決は現状の司法の反動性をものの見事に指し示すものであった。

 しかし、土肥さんと生徒・保護者ら支援者の闘いは続く。土肥さんは、「裁判官は顔を見ることもなく、判決文を読むなり逃げるように法廷から出て行った。嘘をついたもの(都教委)が勝って正直者がバカをみるような社会は許せない。即時控訴して闘う」と力強く述べている。また吉峯弁護士は「全くありえない判決だ。裁判長は何のために仕事をするのか。このような裁判は許されない。国民の期待をうらぎる最低の判決だ。しかしいろいろな裁判官がいる。さらに高裁で審議を求める。正しいことはいつか報われる」と語っている。 校長という管理職の立場から声を発し、学校に言論の自由を取り戻そうという土肥さんの主張は貴重であり、失ってはならないものだ。引き続く控訴審へ支援の輪を広げよう。