「進歩と改革」No.721号    --2012年1月号--


■主張 大阪ダブル選で圧勝した橋下「大阪維新の会」と民主主義の危機


  
 大阪市長・府知事のダブル選は、11月27日に投開票され、市長には府知事から転身した橋下徹氏、府知事には松井一郎氏が当選した。橋下氏は、地域政党「大阪維新の会」の代表であり、松井氏は幹事長である。橋下・松井のツートップが、「大阪・秋の陣」を制することとなった。

 大阪市長選での橋下氏の得票は約75万票(約59%)であった。一方、民主・自民の両府連などの支援をうけた対立候補の現職・平松邦夫氏は約52万票(約41%)である。「民主党の世論調査では『3ポイント差』で平松市長が追い上げていると聞いていた。ところが開票と同時に『橋下当選』の報道。出口調査は橋下前知事の圧勝だった」(有田芳生衆院議員のHP『酔醒漫録』)。府知事選では、松井氏が約200万票(約55%)、対立候補の倉田薫氏が約120万票(約33%)である。大阪維新の会は、2011年4月の大阪府議会議員選挙で、定数109議席中57議席を獲得して単独過半数を占め、大阪市議選では定数86議席中33議席を得て、過半数には至らなかったが第一党の座を確保した。この大阪市議選の投票率は49・2%で、「大阪維新の会」候補の得票数は約33万票・得票率は32・5%であった。今回は投票率が60・9%へと一気に上昇し、橋下氏の得票数は約75五万票で、得票率は59%である。単純な比較はできないとしても、これはやはり橋下氏への支持の強さを示しており、圧勝であろう。府知事を任期途中で辞職し、ダブル選挙を仕掛けるという橋下氏演出の「劇場政治」が成功した。


「府市合わせ首長選挙」

 今回の選挙は、「府市合わせ首長選挙」と言われた。人口886万の大阪府と267万の政令指定都市・大阪市のあり方をめぐり大都市制度改革が争点とされたのである。

 橋下氏ら大阪維新の会は「大阪の統治機構を変える大阪都構想」を掲げた。政令市の大阪市と堺市を解体し、人口30万から50万の「特別自治区」に再編する一方、大阪府を「大阪都」に移行するというものである。「大阪都構想」については、金井利之・東大大学院教授が次のように指摘している。「『大阪都構想』のそもそもの起点は、大阪・関西圏が東京・首都圏経済済圏に比べて落ち込んでいることへの危機意識がある。そのなかで、大阪の政令指定都市制度あるいは府市二元並立制(「二元行政」)と、東京都制度あるいは東京都による『司令塔の一元制』の対比に目が向き、大阪・関西経済圏に、大阪市と大阪府という『二つの司令塔』が存在することが、経済業績を悪くしているという診立てが登場した。そこで経済成長のための『司令塔の一元化』(ONE大阪)という

 『大阪都構想』のラフなアイデアが出てきたのである」(『世界』12月号)。橋下氏は、ONE大阪をめざす理由として、「日本に首相が二人いれば、それはおかしい。…それと同じで大阪にリーダーが二人いれば、それは一人にまとめましょうという、率直な発想なんです」と語っているが、この短絡な発言はデマゴーグとしての橋下氏の性格を示すものではあっても、地方自治を理解する政治家ではないことの証明であろう。

 橋下氏が尊敬するのは石原慎太郎東京都知事だという。この一点でも、橋下氏の思想性が分るが、似せるのは思想だけでなく経済も、ということで考えられたのが大阪都構想のようである。しかし、東京をモデルにして「都」にすれば大阪の経済が浮上するのか、そして大阪市を解体すれば経済が再生できるのか、その根拠があれば聞きたいものである。財源においても、東京の特別区には企業の本社が集中して財政豊かな区もあれば、過疎化などで貧しい区もある。固定資産税や法人住民税などは本来市町村民税だが、配分を都と区で相談して定めるとされながら実際は都が決めるなど、区にとっては財政自主権の制約もあり、分権・自治の姿には程遠い。橋下氏にあるのは、政令市・大阪を生贄にして、大阪府に財源と権限を吸収し、新自由主義的な国際競争力強化をめざすということだけではないのか。実際、橋下氏は「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と発言している。

 一方、平松氏は「大阪都構想は大阪市を分裂・解体・消滅させるもの」と批判した。だが、平松氏がとりまとめた「地域主権確立宣言」(2010年7月)には、直接行政の担い手である市のみを「自治体」とし、府県を解消して間接行政体(州)にする案が提示されているという(金井教授、同)。道州制論の流れを汲むものであり、これも感心できるものではない。このように今回の選挙の底流には、橋下氏による大阪市の解体か、平松氏による大阪府の解消かという大都市制度改革をめぐる問題が存在する。まさに「不幸せ」(府市合わせ)な対立でもあったが、その中で橋下独裁政治を伸長させたことの負の意味は大きい。


通じなかった「橋下独裁」「ハシズム」批判

 いま一つの大きな争点は、「独裁か民主主義か」であった。

 橋下氏は、2011年6月29日、事実上の出陣式となった大阪維新の会政治資金パーティーで、「今の日本で一番重要なのは独裁。独裁と言われるくらいの強い力だ」と発言し、批判を浴びた。先の統一自治体選後には、大阪維新の会が、府議定数を109から88へ一挙に減らす条例を、単独で会期延長の上に可決、また「君が代起立斉唱義務付け条例」も可決した。さらに維新の会は、「教育基本条例案」を提出したが、これには君が代起立斉唱を徹底させるため職務違反の教員の分限免職が盛り込まれた。また目標実現の責務を果たさない教育委員の罷免などが規定されるなど「教育委員会の政治的中立性が大きく損なわれ、首長による教育行政さらに教育内容への政治介入が行われる」(大内裕和・中京大学教授)ものである。職員基本条例は、職員を五段階で人事評価をし、特に最低評価が最低評価が二年続いた場合や、同じ職務命令に三回連続で違反した職員は分限処分とすることを盛り込んでいる。要は「自治体の企業化と公務労働の市場化が、知事の強権によって進行する」(大内教授)。教育基本条例には、府教育長を除く五人の教育委員が条例案がこのまま可決されれば辞任すると表明、職員基本条例には、府総務部が違法性や問題点など687項を列記した質問状を大阪維新の会に提出した。それにも維新の会は、マニフェストでこの両条例の制定を打ち出した。まさに民主主義が問われる大問題である。

 こうした「独裁」の出現を前に、それをファシズムに似せてハシズム(橋下主義)との造語も生まれ、今回のダブル選が「独裁」対「民主主義」の闘いだとされた。しかし残念ながら、その独裁批判は通じずに、橋下勝利に終わった。橋下氏や松井氏の当選の要因は何か。新聞各紙の報道から見てみたい(いずれも11月28日)。

 『日経新聞』は、社説で「巧みな弁舌を武器に、大阪の再生や市民に身近な行政の確立を訴えた橋下氏らの主張が大阪の有権者の支持を得たのだろう。地域経済の地盤沈下が進む中で、有権者らは橋下氏らの強い指導力に市政・府政を託したといえる」とし、地域経済の地盤沈下の中での橋下氏の指導力への評価を取り上げている。『東京新聞』もまた、経済の地盤沈下を強調し、「大阪有権者“劇薬”を選択」との見出しで、「地盤沈下は、実際に激しい。企業や個人の所得総計を人口で割った大阪市民一人あたり所得は、一九九六年から最近までに二割以上減った。2005年には名古屋市に抜かれ、今も後じんを拝している。国際会議の開催件数も〇七年以降は名古屋より少なく、今や『日本第二の都市』という看板さえ怪しい。市内の中小企業経営者が『大阪には橋下みたいな劇薬が必要』と語ったほど、閉塞感は強まっていた」とした。これは大都市・地方都市の違いはあるが、鹿児島県阿具根市で暴走した竹原前市長を支持した有権者の構造と一緒である。生活の危機がポピュリズムを支えている。

 『東京新聞』は「都構想より景気・雇用」との見出しで、共同通信が行った出口調査も掲載しているが、そこには「『新市長に求める重点政策』との質問で最も多かったのは『雇用・景気対策』で34・2%、16・5%が『医療・福祉』と回答、焦点となった『都構想』は四番目で8・3%どまり、有権者が大都市制度の在り方より生活に密着した問題に関心を示している実態が浮き彫りになった」とされている。大阪の有権者が求めたのは、やはり「生活が第一」ということではなかったか。『東京新聞』は、「改革か独裁か」と見出しを打ったが、独裁に支えられた改革が勝ったのではないか。今回、既成政党への批判も強く、同じ出口調査では、市長選で民主支持層の38・9%、自民支持層の45・7%が橋下氏に投票している。これら点では、「国民生活が第一」の公約を投げ捨てた民主党政権の責任は重い。

 大阪維新の会は、大阪都構想を実現するため国政への進出を考えるとしている。今回の選挙結果は、大阪のみならず日本の民主主義や政治動向に大きく影響を及ぼそうとしている。それだけに、今後に教訓を汲みとらねばならない。気になるのは、共同出口調査で「教育基本条例案、職員基本条例案での(支持が)半数を超えた」との報道である。日本の民主主義はポピュリズムを超えることができるのかが問われている。民主勢力共同の作業を開始すべきである。