「進歩と改革」No.711号    --2011年3月号--


■主張 菅再改造内閣の発足と日米同盟、社会保障・税一体改革について


  
「日米同盟は永久に不滅」か

 菅首相は、1月20日に民間外交推進協会で演説し、日米同盟は「政権交代にかかわらず、維持・強化されるべき日本外交の基軸」とした。「政権交代にかかわらず」とは、日米同盟は永久に不滅だと認識しているのであろう。ここまで来たかとの思いを強くする。これでは、対米追従というより対米隷属である。鳩山氏の首相辞任時の演説では「私は、つまるところ、日本の平和、日本人自身でつくりあげていくときを、いつかは求めなきゃならないと思っています。アメリカに依存し続ける安全保障、これから50年、100年、続けていいとは思いません」とされた。アジアの共同のためには50年、100年も待つわけには行かないが、菅演説との違いは決定的である。菅演説は、自ら政権交代の意義を貶めるものであり、強く批判されなければならない。菅首相が「平成の開国」へ強調するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加も、「東アジア共同体構想の放棄を意味し、米国の対日要求をグローバルスタンダードであると追求してきた小泉『構造改革』への逆戻りである」とされる。これほどまでの菅首相の対米隷属の原点はどこにあるのだろうか。


ウィキリークス公開の米外交文書―「米が望んだ菅首相?」

 菅首相の外交演説の当日、『東京新聞』朝刊〔こちら特報部〕欄に、「米が望んだ菅首相?」「鳩山―小沢に不信感 基地・対中で思惑に沿わず」との見出しが踊った。この記事に、内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」によって昨年末に公開された米外交文書が紹介されている。昨年二月、ソウルで行われたキャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)と金星煥韓国外交安保首席補佐官(現外交通商相)の会談に関し、在韓米大使館から本国へ送られた公電である。そこでは、「キャンベル氏は、岡田克也外相と菅直人財務相と直接、話し合うことの重要性を指摘した」とあり、東京新聞は「この公電の意味を読み解くポイントは、米国が交渉の相手として当時の鳩山由紀夫首相ではなく、岡田・菅両氏を名指ししたことにある」と書いている。  キャンベル・金会談が行われたのは、普天間基地移設問題で鳩山政権が迷走していた時期であり、この会談の前日にキャンベル氏はルース駐日米大使とともに小沢一郎民主党幹事長(当時)と日本で会談している。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、同じ記事で「キャンベル氏は、その際、小沢―鳩山ラインは米国の防衛戦略に乗ってこないと判断した。一つは在日米軍基地について米国側の意向に沿わない考えをしていること、もう一つは対中国政策について、融和外交を進めようとしていたことだった」「米国が同意したその後の『鳩山首相降ろし、菅首相誕生』のシナリオにつながった」としている。ここらに菅首相の対米隷属化の原因があるのかも知れない。


「宮本太郎氏の著書に『目からウロコ』」という与謝野馨氏が入閣

 1月24日、第177回通常国会が開会した。それに先立つ14日、菅内閣の再改造内閣(第二次改造内閣)が発足した。再改造内閣の最大の特徴は、与謝野馨氏が経済財政担当相として入閣したことであろう。菅首相は、年頭記者会見や通常国会施政方針演説で「消費税増税」による「社会保障・税制一体改革」を強調している。それを担当するのが与謝野氏である。与謝野氏は、自民党政治のベテランである。先の総選挙では自民党で比例復活当選したが、その後に離党し、たちあがれ日本を結党し、共同代表に就いた。『民主党が日本経済を破壊する』(文春文庫)という著書もある。今回、たちあがれ日本を離党して入閣したことから、無節操極まりないと強い批判が起きている。もっともである。 

 ここでより注目しておきたいのは与謝野改革の方向性である。与謝野氏が改革の基礎に置くのは麻生内閣時に作った「安心社会実現会議」と報告書であろうと思われる。この会議には、委員として連合の高木剛会長や北海道大学の宮本太郎教授が参加した。当時、宮本教授の参加が注目されたが、与謝野氏の本には、政策秘書官から宮本教授の本を薦められ、「『目からウロコが落ちる』という言葉があるが、戦後日本の働く世代の安心感や社会保障は、民間企業が提供してきた終身雇用制がその根幹を担ってきたのだ、という事実を初めて認識し」「委員に起用しようと思い立った」とある。そして、この会議の報告書には「宮本さんのような高福祉・高負担のスウェーデン型モデルに近い考えも選択肢として提示された」。しかし、労働者派遣法問題には一切触れられていない。


「安心社会実現」への課題

 宮本教授は、これまでの男性正社員中心の日本型生活保障が崩壊したのを受けて、人生後半に集中した社会保障を改善し、全世代対応型の「翼の保障」へと広げることが必要だと主張している。そして、こうした方向への共通認識が高まっており、その例として、厚生労働白書や連合文書「『働くことを軸とする安心社会』に向けて」などとともに、先の安心社会実現会議も挙げられている(一月一九日、「福島みずほと市民の政治スクール」資料)。菅首相の施政方針演説でも、「全世代対応型」の社会保障に言及された。この点では、菅政権は麻生政権の「安心社会実現会議」路線を踏襲している。「超党派の議論」も、この報告書が提起したものである。問題は、どのような安心社会をどのように実現するかだが、宮本教授は、改革が進展しない理由として、@信頼の欠如―負担への「潜在的合意」と行政の信頼度、A政治のあり方とメディアの報道姿勢、B財政当局が「翼の保障」などを信じていない、C経済界の「保守的」態度を指摘されている。検討課題は多くあろう。

 まずは財源問題であり、菅・与謝野氏が6月までに取りまとめるとする消費税増税である。福島社民党党首は、「なぜ6月と期限を区切るのか。始めに(消費税率引き上げの)結論ありきの期限になってしまうのではないか」と発言しているが、同感である。また、全世代対応型の社会保障の基礎に置かれるべきは安定した雇用であり、正規・非正規労働者の格差是正である。宮本教授も、「雇用における格差是正なくして翼の保障の意味はない」と発言しているが、ここにも消費税問題が関連する。斎藤貴男氏の『消費税のカラクリ』に指摘されるように、消費税と格差問題の関連はもっと論じられる必要があろう。何よりも、派遣法改正が論議の前提とならねばならない。そして、大事なことは経済界への政府の規制力である。法人税5%減税を引き替えに雇用拡大や賃上げを求めた菅首相に対し、日本経団連の米倉会長は「約束できない」としたのみか、「資本主義でない考えを導入されては困る」と酷いことを語っている。与謝野氏と菅首相に、これらをやりきる気概はあるか。