「進歩と改革」No.707号    --2010年11月号--


■主張 菅改造内閣の発足と安保・外交政策の危うさ


  
 9月14日、民主党の代表選挙が行われ、菅直人氏が小沢一郎氏を破って再選された。菅直人氏は「クリーンでオープンな民主党」、小沢一郎氏は「国民生活が第一」を主張したが、国会議員票は菅412ポイント(206票)対小沢400ポイント(200票)で互角。勝敗を決したのは地方議員・党員・サポーター票で、菅309ポイント対小沢91ポイントであった。菅圧勝と報道されたが、その実、投票数は6対4という接戦である。小沢氏の出馬を「あいた口がふさがらない」とした朝日新聞社説など、マスコミ挙げて小沢氏の「政治とカネ」問題が取り上げられ、来春の統一自治体選を控え、民主党のイメージダウンを恐れる地方議員や党員・サポーターの投票行動を大きく規制するものとなった。


憲法破壊へ踏み込む新「安保防衛懇」報告

 再選された菅代表の下、17日には、民主党の新役員が決定するとともに、菅改造内閣が発足した。この人事で注目されるのは、沖縄問題で鳩山首相に詰め腹を切らせた岡田外相が民主党幹事長に就任し、同じく北澤防衛相が留任、さらに岡田氏の強い推薦で後任の外相を前原氏が継いだことである。前原氏は、集団的自衛権の容認・改憲をめざす民主党内きってのタカ派であり、対中国強硬派である。これは、改造内閣というよりは、改悪内閣ではないか。こうした布陣で、民主党の安保・外交政策はどう展開されるのであろうか。心配は尽きない。

 この政権の下で、年末に策定が予定されるのが新しい「防衛計画の大綱」である。9月27日には、「大綱」に反映される政府の「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(新「安保防衛懇」、座長・佐藤茂雄京阪電鉄最高経営責任者)の報告書が発表された。そのポイントは「PKO参加五原則の見直し」「集団的自衛権についての解釈見直し」「非核三原則の見直し=持ち込ませず≠放棄」「武器輸出三原則の見直し」「基盤的防衛力≠フ見直し」「離島防衛(南西諸島)に自衛隊を配備」である。このうち、集団的自衛権については、「日本には現在、米艦艇の防護や米国に向かう弾道ミサイルの撃墜を、実施するかどうか考える選択肢さえない」と、憲法の制約に言及した。ミサイル防衛システム(MD)のうち、イージス艦から発射する「SM3ブロック2A」の完成(日米共同開発中)が近づいており、これで米国に向かう弾道ミサイルの迎撃を可能にするのだという。いうまでもなく、憲法違反である。集団的自衛権行使を禁じた憲法、武器輸出三原則など戦後日本の平和原則を破壊し、軍事大国化、日米軍事一体化、自衛隊の海外派遣を拡大することに、報告書の狙いがある。04年12月に作られた現行の「防衛計画の大綱」は、昨年8月の「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告をうけて、昨年末までに策定されることになっていた。しかし、政権交代をうけて一年先送りされた。いま民主党がどう平和憲法と向き合うのかが新「防衛計画の大綱」で鋭く問われている。三党連立合意では、「唯一の被爆国として、日本国憲法の『平和主義』をはじめ『国民主権』『基本的人権の尊重』の三原則の遵守を確認する」と明記されていた。すでにこの歯止めはない。国民的な運動展開が求められる時である。


菅政権の対中国強硬姿勢が示された中国漁船衝突事件

 民主党代表選の真最中の9月7日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺で漁をしていた中国漁船を、海上保安庁の巡視船が拿捕し、船長を公務執行妨害で逮捕した。中国はこれに強く抗議し、日中関係が緊張している。この事態には菅政権・菅民主党の安保・外交政策上の強硬さが示されている。『日経新聞』(9月26日)は、「前原・岡田氏が強硬論」との見出しで、次ぎのように報道した。「事件当日の7日午後10時半。海上保安庁が那覇地裁に中国人船長の逮捕状を請求した。海保を所管する前原誠司国土交通相(当時)は、事件発生直後から強硬路線を主張した。前原氏は代表選直後の16日、日帰りの強行日程で石垣島を訪問。石垣海上保安部の職員を激励するとともに、中国漁船と衝突した巡視船も視察した。中国を刺激するとの声にも『領土問題はないから毅然とやる』と逮捕の正当性を主張した」「岡田克也外相(当時)も周辺に『わが国の領海内における公務執行妨害なので、法執行しないわけにはいかない』と主戦論を唱えた」。『朝日新聞』(9月28日)にはこうある。「前原は周辺に自信をのぞかせた。『官邸がひよっていた。逮捕を決めたのはおれだ。この対応は間違っていない」。菅改造内閣の危うさを物語る報道である。

 今回の事件の背景には、尖閣諸島(釣魚島)領有に関する日中相互の認識の差がある。鳩山氏が首相の時の「帰属問題は日本と中国の当事者同士でしっかり議論して、結論をみいだしてもらいたい」という真っ当な発言を読売新聞が叩いているが、係争の地であるから、日本政府に慎重な対処が求められていたことは間違いない。小泉政権時代の〇四年に、中国の活動家が尖閣諸島に上陸したことがあったが、その時は逮捕後に強制送還された。今回もそうすれば良かったとの声は強いが、それも前原氏ら内閣の対中国認識が阻んだのである、菅政権の「現実主義」とは、この強硬な対応を意味するものなのか。その代償は大きかった。逮捕された船長の拘留が延長されるに至って、中国の抗議は強まったが、一転、27日になって船長は釈放された。これは良かったが、その際の那覇地検の「外交配慮」はおかしなもので、まるで検察が外務省に成り代ったようであった。菅政権は、自らの失態を、村木事件で権威失墜の検察に押し付けたのであろうか。菅政権の統治能力の欠如である。

 ここで思い出すのは、08年5月の胡錦濤国家主席の日本訪問時に結ばれた「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」である。本誌08年7月号に、曽我祐次氏から「『戦略的互恵』は双方の国益」と題してご寄稿をいただいているが、この共同声明では「中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」「双方は、政治及び安全保障分野における相互信頼を増進することが日中『戦略的互恵関係』構築に対し重要な意義を有することを確認する」とある。しかし、当時の福田内閣から代わった麻生内閣は、中国包囲網の「自由と繁栄の弧」戦略を主張した。その後に政権交代があり、民主党の鳩山内閣、菅内閣へと続いてきたが、日本は「戦略的互恵関係」の政治的基盤を築くことに腐心してきたとは思えない。東アジア共同体を主張した鳩山内閣も、日中関係で実質的な成果を挙げていない。そして、この間に強調されてきたのは、米軍再編と一体化した中国脅威論である。最近、民主党政権下初の「防衛白書」が発表されたが、ここでも中国への懸念を表明している。今回の前原・岡田主導の対応も、中国脅威を煽り、中国への抑止力として沖縄米軍基地の重要性をアピールする狙いはなかったのか。中国の対応を非難するばかりの政府、マスコミ論調のなかで、自らの姿勢を振り返ってみるべきだ。