「進歩と改革」No.704号    --2010年8月号--


■主張 鳩山内閣退陣と菅新政権の発足について―奇兵隊内閣は海兵隊にどう立ち向かうのか



政治とカネ、普天間問題での国民的批判

 突然の政権交代であった。6月2日、鳩山首相は緊急の民主党議員総会で演説し、辞任を表明した。理由は、普天間問題と政治とカネ問題で、「国民が徐々に徐々に聞く耳を持たなくなった」からだという。鳩山氏は後に、「政治とカネの問題が第一の理由」としたが、いずれにしても、国民の批判が鳩山辞任に追い込んだことは間違いない。社民党の連立離脱後の世論調査では、内閣支持率は、朝日新聞や読売新聞で10%台に落ち込んだ。「これでは選挙を闘えない」との民主党内部の声が、参議院選挙直前の鳩山辞任を決断させたといえよう。小沢幹事長も同時に辞任した。

 鳩山首相の辞任に関しては、改めて明らかになったことがある。それは第一に、辺野古明記の日米共同声明が、北朝鮮「脅威」への対応であったことである。鳩山首相の辞任演説では、「私は、本当に『沖縄の外に米軍の基地をできる限り移すために努力しなきゃいけない、今までのように沖縄の中に基地を求めることが当たり前ではないだろう』。その思いで半年間、努力してまいりましたが」「北朝鮮が韓国の哨戒鑑を魚雷で沈没させるという事件も起き」「その中で日米が信頼関係を保つということが、日本だけではなく、東アジアの平和と安定のために不可欠なんだ。その思いのもとで、残念ながら沖縄にご負担をお願いせざるを得なくなりました」と、率直に語っている。

 第二は、米国と日本外務省・防衛省の「日米同盟」で鳩山包囲網が形成されたということではないか。あるコメンテーターはテレビ番組で、「鳩山辞任の80%は米国の圧力」と明言している。米国の圧力がどのようなものであったかは今後さらに検証されなくてはならないが、確かに、ワシントン・ポストなど米国メディアも使ったジャパン・ハンドラーの圧力は強力であった。その下で、北沢防衛相は、机を叩いて鳩山首相に辺野古を迫り、岡田防衛相はルース駐日米大使と連携し日米共同声明を導いたという。鳩山首相にとっては、5月決着発言を逆手にとられて追い込められた結果、社民党を切り、辺野古を認めざるを得なかったということであろう。それが、自らの公約(口約)破りとなり、政治への信頼を失わせる結果となり、辞任へと至った。鳩山内閣には、首相を支え、普天間基地の県外・国外へ尽力するサポート体制がなかった。もっとも、鳩山首相は、昨年末に辺野古で決着しようとした人である。沖縄の声と思いを真剣に受けとめ、汗を流したとは思えない。


菅政権の現実主義

 鳩山辞任を受けて、民主党では6月4日の両院議員総会で代表選挙が行われ、菅直人氏が樽床伸二氏を291票対129票の大差で破って新代表に就任、四日の衆参両院で首班指名を受け、8日、菅内閣が発足した。菅内閣は、すでに多くの報道があるように、枝野幸男幹事長、仙谷由人官房長官人事に象徴される反小沢・脱小沢色が鮮明である。また民主党政策調査会の復活による「政策決定の内閣一元化」の見直しも、菅政権を特徴付けている。先の総選挙後、民主党は小沢幹事長の通達で、「民主党政策調査会の政府移管」を行った。この「政策決定の内閣一元化」は、政党の役割の極小化に通じ、内閣と党との連携不備を生んだと指摘され、鳩山内閣迷走の原因とされた。それを菅内閣で修正するというのである。それはそれで結構なことであるが、しかし鳩山内閣成立後に発刊された菅氏の『大臣・増補版』(岩波新書)では、「従来の自民党政権では内閣と党との両方での政策決定が必要であった」「ここに族議員の活躍の場があった」「民主党政権ではすべての政策決定を内閣に一元化する」とある。これは、鳩山首相や小沢幹事長らの主張と何ら変わりなかった。その点では、今回の見直しは、鳩山政権の反省を踏まえたものであるが、 菅首相の現実主義が色濃く反映していると思われる。

 菅首相の現実主義は、外交・安全保障にも示されている。6月11日、菅首相の施政方針演説が行われた。そこでは、新内閣の政策課題として、「戦後行政の大掃除の本格実施」「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」とともに「責任感に立脚した外交・安全保障政策」が主張されたが、後者では「現実主義を基調とした外交を推進すべき」とされた。「現実主義の外交」と強調するところに、「最低でも県外」とした鳩山首相の轍を踏まないという決意が現われているし、この「現実主義」は、アメリカに物申さないという意味であろう。


普天間基地の辺野古移設は現実的か

 5月の日米共同声明(2プラス2)では、普天間基地の代替施設の建設、配置及び工法の検討を「いかなる場合でも8月末までに完了させる」ことになっている。菅政権には、北沢防衛相、岡田外相など、県内・辺野古移設案で鳩山首相に詰め腹を切らせた閣僚が留任しているが、岡田外相は、すでに「沖縄の理解を得られなければ、前に進めないというものではない」と述べ、北沢防衛相も「8月末までに地元沖縄の合意を取り付けることは、必ずしもきちんとできるというふうには思っていない」と発言している。これらは、沖縄県民と対立しても日米合意を実行するとする決意表明である。辺野古案を強行しようとする岡田・北沢氏としては当然の発言であろうが、それにしても沖縄への思いが一切ない、冷たく、許せない発言である。それを、菅首相が修正することが可能かどうかが問われている。

 しかし、菅首相は施政方針演説で「先月末の日米合意を踏まえ」るとして、その姿勢は明確だ。G20でのオバマ大統領との会談でも「5月合意の着実な実施」を約束した。しかも、今度の参院選挙で民主党は、全国唯一、沖縄では候補を擁立しなかった。民主党の候補が「県外・国外」を主張すると今後の政策遂行に邪魔になるからだと言う。しかし、辺野古での新基地建設が不可能であることは菅政権においても変わりないし、沖縄県民の合意は得られない。これこそが現実であり、辺野古案での強行は菅首相の現実主義と乖離するものであろう。菅首相の施政方針演説には、政治学の師として松下圭一氏が紹介されている。松下氏から「官僚内閣制」を打破する「国会内閣制」を学んだという。しかし、松下氏はシビル・ミニマム論の提唱者でもある。菅首相が真に松下理論を継承するとするなら、ぜひ沖縄県民の市民的権利を保障してほしいものだ。参院選挙後の菅内閣にとって、この普天間問題は直近かつ最大の課題である。菅内閣は奇兵隊内閣だとするが、その奇兵隊は米軍海兵隊にどう立ち向かうのだろうか。