「進歩と改革」No.700号    --2010年4月号--


■巻頭言 創刊700号を迎えて―感謝と新たな決意で 山崎一三




 『進歩と改革』創刊700号を迎えた。本誌は、1951年に社会主義協会が創立される中、『社会主義』の名称で、その年6月に第1号が創刊された。その後1988年4月号より『進歩と改革』と改題され号数を引き継いできた。この間、本誌に協力をいただいた多くの方々、執筆者、取扱者、読者の方々にお礼と感謝を申し上げたい。その協力と指導がなければ、本誌はとてもここまで続かなかった。


自民党政治の終えん、次はどこへ向かうのか

 700号は、まさに、戦後政治史における重要な転換期の真っ只中に迎えることとなった。この局面の特徴とは、第一に「自民党政治の終えん」と表現すべきだろう。長期にわたり小泉構造改革で痛みつけられ、安倍、福田、麻生と続く内閣の無能力と無責任さを見せ続けられた国民は、昨年8月末の総選挙において、「政治を転換させる」強烈な意志を表明した。

 それでは、次はどこへ向かって政治は動き始めたのであろうか。確かに、戦後64年も続いた自民党の政治支配は破砕されたが、その「統治システム」(戦後型保守的統治システム)は終えんするのかどうか。この政治局面の最も重要な部分が現段階でははっきり見えていない。すなわち、この局面の第二の特徴とは、「過渡期の只中にある」として表現すべきではないだろうか。

 「次はどこへ向かうのか」という根本的な問いについて考える場合、われわれはなによりまず、戦後64年間続いた保守政治の統治システムとは何であったのかについて総括しておかねばならないだろう。端的にまとめて以下のように整理できるのではないか。 (1) 反共親米(対米従属)、(2) 輸出産業・大企業の競争力育成に総力(経団連主導)、(3) 中央集権的官僚体制に立脚、(4) 政・官・業一体の利益誘導型政治で多数派形成。 そもそも戦後日本は、分割占領が回避され「米国の単独占領」として出発した。また、米占領軍による直接軍政ではなく、現存日本政府の統治機構を通じて占領行政を進める「間接占領」におかれた。

 自民党とは、戦後日本の出発点における、こうした占領の形に全面的に規定された政党だ。すなわち、戦前の旧体制(天皇を頂点とする明治以来の官僚体制)と一体となった勢力が、戦勝国米国に身をゆだね、日米安保条約を基軸に冷戦構造に適合しつつ、資本主義の復興を成し遂げて行くために作られた政党であったと総括できる。日本資本主義は、戦後間もなく勃発した朝鮮戦争特需で、すなわち朝鮮の人々の流した血を犠牲として、戦前の生産力水準を突破した。また、その後のベトナム戦争特需、すなわちインドシナ半島の人々の膨大な生命と引き換えに、鉄鋼、電力、石油化学、造船など重化学工業へと構造転換を成し遂げた。


「命を守る政治」「脱米入亜」の実現へ

 しかし、時代は転変した。第一に1989年、ベルリンの壁は崩壊し、一挙に東西冷戦は終えんした。第二に、ソ連社会主義体制の崩壊により、市場経済のグローバル化が怒涛の如く世界を席捲した。しかし、米国が推し進めたこの間の市場原理主義、金融資本主義も、「100年に1度の経済危機」に突入するに至った。資本主義が新しい局面へと変容を迫られていることを鋭く示すこととなった。これまでの歴史が終わり、新しい時代が始まろうとしている。まさに歴史的過渡期に入った、というべきであろう。

 以上の二つの世界史的構造転換の中、自民党政治は、巨大な変化に対応する能力を失っていた。ただ惰性となった「日米同盟」にもたれて、内政も外交も米国に預けていうことを聞く以外、何の政策的主体性もなく流されてきた。小泉純一郎は、グローバル化と「日米同盟」、つまりは対米従属路線をむしろ積極的に選択して、日本社会の「構造改革」を推し進めたにすぎない。「空白の20年」が過ぎ去った。

 いま連立政権が直面している課題の本質は明白だ。先に指摘した4本柱から成る「戦後型保守的統治システム」を変革していけるのかどうかが問われている。

 まず第一に、「国民の生活が第一」「いのちを守る政治」をどこまで実現していけるのか。生活保護の母子加算復活、子ども手当、高校授業料無償化、農家戸別所得補償、障害者自立支援法廃止等の課題は実現のメドがつけられた。しかし労働者派遣法改正問題は、経営側の強い抵抗の中、動揺と闘争の局面に入っている。さらに、財政拡大の財源として消費税アップを目指す動きが急速に現実化しようとしている。

 「人のいのちを守りたい」と鳩山首相は叫ぶが、一方で大企業に対する負担の増大や規制の強化は何らの政策も打ち出されていない。すなわち、民主党は、基本的に「構造改革路線を根本的に転換するような国家構想をもっていない」という点は押さえておかねばならない。それ故に鳩山内閣の政策を巡る動揺は今後さらに大きくなっていくであろう。

 「構造改革」を転換する国家構想とは、労働者、市民の側に立脚した社会民主主義以外にない。従って、鳩山首相が強調する「いのちを守る政治」は、この3党連立政権の中で社民党がどこまでがんばり切れるかどうかが重要となっている。3党の政策合意内容は基本的に社会民主主義的政策だ。これを前面に掲げ社会民主主義の要はがんばらねばならない。

 第二には、「脱米入亜」をどこまで現実化できるのか。

 東アジア経済は今年中にユーロ圏を追い抜き、2014年にはアメリカに接近すると予想されている。数年以内に世界最大の経済圏になろうとしている。この間のグローバル危機後の東アジア経済がめざすべき方向は、東アジア地域協力を推挙する以外にないとの認識が、関係各国共通のものとなってきている。こうした中、ASEANは、@政治・安全保障共同体、A経済共同体、B社会・文化共同体の三つの共同体の統合を2020年としてきたが、2015年までに樹立する方針に変えた。また、「共同体建設の中心に人々の幸福、暮らし、福祉を置く」(憲章前文)と宣言した。

 鳩山首相は、1月29日の施政方針演説の中で、東アジア共同体構想を21世紀国家戦略の第一の柱として提唱した。この中で「いのちと文化」の共同体を築き上げたい、との思いを強調した。

 もはや口先で語る時代は終わった。問われているのは、まずは日米同盟基軸論からの脱却だ。そうした転換無しに、日本と中国、韓国、東南アジア諸国との協力で東アジア共同体をつくる展望は成り立たない。 そして、その試金石こそは、沖縄普天間基地国外移転課題の解決だ。また、ピョンヤン宣言の原則に基づく日朝国交正常化へ具体的に踏み込むことも具体的課題だ。ここでも社民党の役割は重大である。社民党の踏ん張りで事態を動かしていかねばならない。


「新しい社会民主主義」の旗を高く掲げて

 1993年8月の本誌500号では、われわれは「混迷する政治に社会民主主義の旗を高く掲げよう」とのタイトルの主張を行った。今、16年後の700号においても、われわれは、再びこの主張を鮮明にしたい。「今こそ、新しい社会民主主義、新しい福祉社会形成の旗を高く掲げよう」と。

 自民党政治は終えんし、新しい政治が始まった。しかし、4ヶ月後の参院選挙の結果がどうなるか。選挙後民主党はいかなる政治を提示してくるか。現在の「中道左派」的政治の延長を志向するのか。あるいは連立を解消し、新たな本格的な保守政権を目指すこととなるのか。現段階では予想し難い。しかし、どのような形になるにせよ、民主党政治は、「国民の生活といのちが第一」の立場と、「グローバル国家・日本」の道を突き進む財界・大企業の立場との間で動揺し続けていくであろう。また戦略的方針においても、米国とアジアの間で揺れ続けていくであろう。

 こうした中、われわれは、「新しい社会民主主義」に立脚した対抗社会構想と、平和憲法を基軸とした東アジア共生社会構想を提示し、絶えず現実政治の真っ只中に斬り込んで行かねばならない。今多くの理論誌や政策誌が発行されているが、「新しい社会民主主義」という立場を鮮明にし、かつ社会主義インターに加盟する日本で唯一の政党、社民党に立脚しつつ、理論的、政策的、実践的な提起を行っているのは本誌以外にない。

 われわれは、700号を迎えるにあたり、社会民主主義的ウイングをさらに広げるとともに、それぞれの現場における実践を通した問題提起をどんどん行っていく決意を新たにしたい。