「進歩と改革」No.685号    --2009年1月号--


■主張 田母神論文が突きつけたもの



田母神氏はなんと書いたか

 田母神俊雄・前航空幕僚長がホテル、マンションを経 営する「アパグループ」の懸賞募集論文に応募し、当選 した論文の内容が問題になり、空幕長を更迭された。

 田母神氏はその論文のなかで、「我が国は蒋介石によ り日中戦争に引きずりこまれた被害者だ」「日本政府と 日本軍の努力で(満州や朝鮮半島の)現地の人々は圧政 から解放され、生活水準も格段に向上した」「日本はル ーズベルトの仕掛けたわなにはまり真珠湾攻撃を決行し た」「大東亜戦争後、多くのアジア、アフリカ諸国が白 人国家の支配から解放された。日露戦争、大東亜戦争を 戦った日本の力によるものだ」「東京裁判は戦争責任を すべて日本に押しつけようとした。そのマインドコント ロールが今なお日本人を惑わせている。自衛隊は集団自 衛権も行使できない。このマインドコントロールから解 放されない限り、我が国を自らの力で守る体制がいつに なっても完成しない」「多くのアジア諸国が大東亜戦争 を肯定的に評価していることを認識する必要がある。我 が国が侵略国家だったなどというのはぬれぎぬである」 (11月8日付朝日新聞要旨より)と述べている。

 これは田母神氏の独創的見解というよりは、最近の右 翼学者らが勝手に並べている、国際的に通用しない文言 を借りてきた陳腐な言葉の羅列に過ぎない。アジア諸国 が大東亜戦争を肯定的に評価しているなど、一体どこの 国がそのような評価をしているか、田母神氏は言えるの だろうか。そのような水準である以上、このようなもの は無視してよいかと言うと、残念ながらそうはいかない。 問題の一つは、このような人物がどうして空幕長という 重要ポストにつき、このような発言をできたかというこ とである。今回の政府の対応を見ていると、今後もこの ような人物が重要ポストにつく可能性は十分にあると言 わざるをえない。この点が重要だ。


公務員幹部の違憲発言を放置する麻生首相

 11月13日、田母神氏を参考人招致した参議院外交 防衛委員会の模様を伝えた同14日付朝日新聞記事によ ると、麻生首相は田母神が4年前にも隊内誌に専守防衛 から逸脱した論文を寄稿したことを質問され、問題を認 めながら、田母神氏を解任したことで文民統制は機能し たとかわし、田母神氏が同委員会招致後、「村山談話は 言論統制の道具だ」と発言したことへの見解を問われて も、「辞めた後の話。言論の自由の統制だとか、いろい ろな話になるので、うかつなことは言えない」と評価を さけたとのことである。また、同委員会では田母神氏が 校長を務めた統幕学校で、「大東亜戦争史観」「東京裁判 史観」などの講座を学んだ幹部自衛官が計390人に のぼることが明らかになったが、浜田防衛相は講師名を 明かさなかったという。

 これは大変なことである。自衛隊員の行動は、直接に は自衛隊法に基づき、自衛隊法は日本国憲法に基づいて いるはずである。ところが、「東京裁判史観」なるもの を作り上げて、戦後の平和と民主主義を東京裁判史観に よってマインドコントロールされていると非難している その攻撃対象には日本国憲法も入るのではないか。彼ら は日本国の公務員として、まもるべき日本国憲法を踏み にじり、その踏みにじり方を「学習している」のである。 これでは日本は法治国家とは言えない。それを、麻生首 相は言論の自由と言って、評価をさけているのである。 これは田母神氏以上の問題である。


田母神意見は自衛隊のなかに拡がっている?

 11月20日付日本経済新聞によれば、自衛官の教育 の基本は1961年に制定された「自衛官の心構え」を よりどころとし、任用の際に署名押印する。上級幹部は さらに「統合幕僚学校」で学ぶ。その統合幕僚学校は田 母神氏の発案で、「歴史観・国家観」の項目を新設した。 福地惇大正大学教授は「蒋介石と日本の衝突の背後には 米英、ソ連、コミンテルンが存在」「上海事変はシナ側 が企てた戦争挑発の軍事行動」などと講義。坂川隆人・ 元統幕学校教育課長は「米国の日本占領政策」が「我が 国の国家の縦軸(歴史)を切断した」「縦軸の切断に大 きな役割を担ったのが検閲、宣伝活動、東京裁判である」 とした。高森明勅日本文化総合研究所代表は「日本は最 大にして最古の君主国」などと指摘したという。この認 識は「天皇の地位は主権の損する日本国民の総意に基づく」 と主権在民を定めた日本国憲法第一条に違反する疑いが ある。

 元統合幕僚学校教官熊谷直氏は日本経済新聞の取材に 対し、次のように答えている。「(同校は)あらゆる情報 を知るために政府の考えと反対の人も講師として呼ぶ。 田母神さんが考えているようなことを思っているような 人も呼ぶ」とし、自衛官暴走の懸念に対しては「防大で 徹底的に教える。政治が優先だ。日本は民主主義国家だ と繰り返し教える。『あくまで民主主義の軍隊だ』とい うことは基本だから、最も厳しく教える」と。


政府が物差しを示さないから「何でもあり」になる

 ここで問題は、あらゆる情報を集めるのはよいが、そ れを判断する物差しは何かということである。判断の物 差しなしにあらゆる情報を集めても、何でもありでは困 るのである。田母神さんのような歴史観では害あって、 利なしである。民主主義の軍隊だと言っても、民主主義 がわかっているのか。日本は最大最古の君主国だなどと 言って、いい気になっているようでは民主主義がわかっ ているとは言えない。言葉尻を捕らえるようだが、自衛 隊は民主主義の軍隊なのか。正式には軍隊とは認められ ていないはずである。

 11月20日付朝日新聞の「私の視点」欄で、東京大 学准教授の林香里氏は「政府は歴史認識を語れ」として、 そのなかで次のように述べている。「(首相は)田母神氏 に『言論の自由がある』という論理を楯にして、いまだ に政府としての歴史認識を語ることを避けている。メデ ィアの多くもこれに引きずられてしまい、文民統制や任 命責任などに重きを置いて報道してきた。しかし、こと は思想や歴史観の問題だ」「国民の意識のなかで、『ひょ っとすると首相も閣僚も心の中では田母神氏の主張に賛 成しているのでは』という疑念も広がりかねない。…… 田母神氏の主張のどこが、どう間違っているのかを一つ ずつ具体的に指摘し、正すべきである」と。この指摘は 正しい。

 林准教授の意見をふまえつつ、もう少し追及すると、 なぜこのような事態になったのか、歴代自民党政権の政 治責任を見逃すことはできない。


五十年を超えるなし崩し改憲のツケ

 1956年、鳩山一郎内閣が明文改憲に失敗して以来、 自民党は党是に改憲を掲げたまま、憲法の明文はそのま まにして、事実上の軍隊である自衛隊の拡大強化に努め てきた。なし崩し改憲の行為を積み重ねてきたのである。 それがもう50年を超える。最高法規をそのままにして、 それに反する行為を、ムリな解釈で押し通してきたので ある。当然のことながら、政権は歴史認識を明確にでき ないのである。明確にすれば、ごまかしがきかなくなる からだ。この間、ホンネを漏らして、「失言」の責任をと らされた閣僚は枚挙にいとまがない。

 僅かに村山政権だけが、侵略について明確な認識を示 した。小泉首相は中国との関係を悪化させても、靖国参 拝に固執した。安倍晋三は従軍慰安婦の国際模擬法廷の 報道に圧力をかけた。それでもどの内閣も村山談話を踏 襲すると言い張った。閣僚が失言するたびに村山談話の 踏襲は変わらないとした。「困ったときの村山談話」で ある。だが、もちろん小泉、安倍、福田、麻生とどの内 閣も本気で、村山談話に基づいて、アジア外交を進める 気はなかった。それでは田母神氏のように本気でウルト ラ右翼の主張をするかと言えば、それを許すようなアジ アの環境ではない。こうして、自らの国に歴史観を持た ない自衛隊が生まれ、肥大してきた。

 田母神氏のような人物が空幕長になり、とんでもない 発言をし始めたということは、自民党のなしくずし改憲 が限界に来たということでもあろう。市場原理万能の経 済も行き詰まり、長く政権を支配してきた自民党も終わ りがきていることを告げられている。 社民党なら解決できるか

 しかし、このような事態を50年以上も放置してきた ことには、国民も、野党も責任がある。

 ごまかしをゆるさない民意をつくっていかなければな らない。それは闘いである。 社民党は憲法の擁護を主張し、平和の大切さを訴えて きたけれども、小選挙区制の導入以来、少数党に甘んじ ている。いつまで少数党に安住しているのか。「安住」 と言うと、怒るかもしれないが、明日、政権についても 実施できる政策をそろえているか。ここまで肥大化した 自衛隊を短時日で憲法と完全に一致させることは難しい だろう。過渡的に自衛隊の存在を認めるなら、平和憲法 に基づく自衛隊員の教育をやりきる用意がなければなら ない。自民党と自衛隊をしかるだけではすまない。社民 党の問題でもある。