「進歩と改革」No.596号    --2001年8月号--


■主張 56年目の8月を迎えて


  1945年8月、6日にヒロシマ、9日にナガサキに原爆を投下された日本は、 ポツダム宣言の受諾を決定、連合国に無条件降伏し、15日、昭和天皇が全国民にラジオ放送した。 この夏はそれから56年目を迎える。
  小泉首相は、その8月15日に、あくまで靖国神社を公式参拝する構えであり、 「自虐史観」を攻撃する歴史修正主義の立場に立つ「新しい歴史教科書をつくる会」 制作の教科書検定合格も容認されたままである。 中国政府や韓国政府はこのことに厳しい態度をとっているが、政府は、 日本政府の立場は1995年8月15日に出された村山首相(当時)談話と認識はなんら変わらないと釈明している。

  この問題は、1945年8月15日に至る日本の近代史、 その後の日本の戦後史をどう受けとめるかの極めて重要な認識に関わっている。 改憲を掲げる小泉首相の登場、それにともなう諸々の現象は、戦後、 われわれの基本的な価値観となってきた平和と民主主義を根底から揺さぶる危険を感じさせるものがある。 だが、「小泉改革」に期待を寄せる人々は、まだそのことに気づいていないのではないだろうか。

  まず、近隣諸国との間に問題が起こるたびに政府の認識に変わりはないとされる「村山談話」であるが、 果たして本当に変わりはないのだろうか。「村山談話」の主要部分は次のように書かれている。(傍点は引用者)

  「平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有り難さを忘れがちになります。 私たちは過去のあやまちを二度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかねばなりません。 とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域の、ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、 なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。 政府は、この考えにもとづき、とくに近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、 各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この二つを柱とした平和友好交流活動事業を展開しております。 また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、 私は、引きつづき誠実に対処してまいります。

  いま戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、 未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

  わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、 植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。 疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受けとめ、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、 こころからのお詫びの気持ちを表明いたします。 また、この歴史がもたらした内外のすべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

  敗戦の日から50周年を向かえた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを廃し、 責任ある国際社会の一員として国際協調を推進し・・・」

  この認識から、「つくる会」の歴史教科書を検定で合格させたり、靖国神社を参拝する余地はないはずである。 それらは、ここで示した傍点の部分が否定しているところで、むしろ対立するものである。 もちろん、政府などは、教科書検定制度の制度的限界を理由に、合格した教科書は日本政府そのものの見解ではないとか、 靖国神社参拝についても、言い逃れの論理を考えるであろう。しかし、ここに示された認識は、 そうした見解と根本的に異なると言わざるをえない。

  問題が起きるたびに、「村山談話の認識は変わらない」という外交辞令を書く官僚、それを口にする政治家たちは、 単に日本が過去に植民地支配と侵略を行ったことを「村山談話」が認めたという程度に認識しているのではないか。 しかし、ここに述べられている認識はもっと深いものである。

  村山首相は、この「談話」だけでなく、94年から韓国、中国、東南アジア各国を訪れ、 韓国では金泳三大統領(当時)との会談で、 「侵略戦争ではない」など日本側の発言で問題が起きることのないよう日韓共同の歴史研究を進めることで一致し、 中国では日本の首相として初めて慮溝橋や南京の大虐殺記念館を訪れ、謝罪と犠牲者への哀悼を捧げ、東南アジアでも、 シンガポールでは外務官僚の反対を押し切って、「血債の塔」(日本占領時期死難人民記念碑)に献花、 「日本の総理が初めて詣でてくれた」と地元紙に評価された。8月15日の「談話」はそうした外交努力の実践の集約でもあった。

  また、中学の歴史教科書が「従軍慰安婦」について記述するようになったのも、村山政権下からである。
  教科書に対する「自虐史観」という攻撃はここから始まった。 同じ人びとによって、同じ観点から、村山外交を「謝罪外交」として日本の国辱のように糾弾する言辞がなされ、 遂に「つくる会」による教科書の検定合格まできた。靖国神社の首相公式参拝にしても、 ずっと否定されてきたものをひっくり返すところに意味が込められている。 つまり、これらは歴史における進歩と反動の相克なのであり、そう捉えなくては間違う性格の問題である。

  6年前の8月15日の「村山談話」は、平和と民主主義の方向に添い、歴史の進歩に添うものであったが、 「つくる会」の歴史教科書の検定合格や、小泉首相の靖国神社参拝は平和と民主主義に反する逆方向のものであり、 歴史の反動である。 従って、「政府の認識は村山談話と変わらない」というのは、事実をごまかす詭弁としか言いようがない。 中国政府や韓国政府が外交上、修正要求以上に追求するのを当面控えているとしても、心から納得しているはずがない。 まして、日本の植民地支配、侵略によって、心身に傷を残しているアジアの民衆が納得しているはずがない。 このような詭弁がまかり通っていると思って、なおそれを続けようというのは、大局を知ろうとしない小官僚の小賢しい態度である。

  そう考えれば、日本はアジア政策はすくなくとも、 「村山談話」の本来の精神―それは一度は日本政府の公式見解となり、いまでもまともには否定できない、 近隣各国に挨拶する際のキーワードになっているのだからーに立ち戻って、そこからスタートし直さなければならない。 そのなかには、戦後補償など、より本格的に行わなければならない努力の手がかりも含まれている。


社民党CMの放映拒否は民主主義の脅威

  ところで、今年はサンフランシスコ平和条約と日米安保条約(第一次)が結ばれて、ちょうど50年目でもある。 安保条約により、日本はアメリカに自分たちを守ってもらうということで、米軍基地を提供してきた。 核の抑止力も含めて、米軍のお陰で、日本人は外敵に襲われることなく、 50年間平和に暮らしてくるおとができたと思っている人は多いのだろうが、 少なくとも賛成が(無関心という名の消極的賛成をふくめて)反対を上回っていたから50年間続いたのだろうが、 ここには大きな倒錯した考えがあるのではないか。米軍とその基地がなくても、日本を攻める国が果たしてあったのか、 それは事実として全く立証されてない。反対に、米軍基地を許容することによって、国内に外国の軍隊の存在により、 土地を奪われ、外国兵の犯罪に苦しむ人々がいる。これは沖縄という事実が目の前に存在している。 そして、沖縄を始めとする米軍基地は何の役に立ってきたかというと、朝鮮戦争、べトナム戦争、湾岸戦争など日本を守るためよりも、 アメリカ(たとえ国連の帽子を被っていたとしても)が外で行う戦争の出撃基地として、 実際には役立ってきたのである。日本人はもうそろそろこの倒錯に気がつくべきではないだろうか。 21世紀に入って、新しい世紀にふさわしい平和の体制が確立されなければならない。

  平和の問題と同時に、民主主義もいま、脅威にさらされている。たとえば、参議院選挙を前に、 社民党のCMに対するメディアの拒否の問題がある。「本当に怖いことは最初、人気者の顔をしてやってくる」 という土井党首のナレーションが、「『人気者』という表現は、他の政治家あるいは政党を誹謗中傷するものと受け取られかねない」との理由で、 すべての在京キー局を含む33局から内容変更の要求を受けているというのである。 これは、選挙に向けた政党の表現の自由を犯すだけでなく、 権力者に対する批判をシャットアウトすることに通じかねない重大な問題である。 アメリカの大統領選挙などはお互いに激しいネガティブキャンペーンを繰り広げている。 日本では、危険な権力者に対しても、批判はお行儀よくやれということか。 問題として、首相公選制を主張に掲げ、8割を超える支持率を誇る首相の下で起きていることに注意を向ける必要がある。 日本のメディアは小泉を勝たそうと裏協定でもしているのか。これは単に社民党の問題ではない。日本の民主主義に関わる問題である。 選挙と言論の自由の問題として、大きな問題にしていかねばならない。

  参議院選挙で反動にハドメをかけるとともに、原水禁から8月15日へ、各種集会、イベントの市民参加を通じて、 熱い夏を盛り上げていこう。