「進歩と改革」No.595号    --2001年7月号--


■主張 参議院選挙の構図と争点


施政方針演説、各党代表質問への答弁などにみる小泉政権の 政策方向

  参議院選挙は7月29日投票で行なわれる見通しが強い。 しかし、小泉人気の高さからみて、衆参同日選挙になるのではないか、 あるいはそのために参議院選挙の日程も若干の変動があるのではないかの見方も、 5月半ばの段階では消えていない。

  ここでは、それはおいて、小泉政権下の参議院選挙ということで、 それがどのような構図の下でたたかわれるのか、選挙の意義と課題などを探ってみたい。

  まず、小泉政権がどこに行こうとしているのか、施政方針演説、 各党代表質問への答弁などが終わったところで、 その政策方向を考えてみよう。

  前号「主張」でとりあげた小泉首相の自民党総裁当選直後の記者会見までに 表明された方向としては、 「憲法9条の改正(悪)」「首相公選制」「集団自衛権の容認」「靖国神社の公式参拝」 「経済構造改革」「郵政民営化」などであり、 これはその後も基本的には変わっていない。むしろそれが首相の本音あることが さらにはっきりしてきた。

  改憲については、9条の改正はすぐに困難とみて、「国民に理解されやすい」 首相公選からやるという態度を露にした。 しかし、9条改憲の意志を捨てたのではなく目標として堅持していることは、 「自衛隊に対して憲法違反であるとか議論させておくことは失礼だ」と言っていることからみて、 明らかである。 「首相公選制」については、「早急に懇談会を立ち上げ、国民に具体案を提示する」とのことなので、 必ず実現を図ってこよう。 前号で見たとおり、それは9条改正の突破口であり、 首相公選そのものも個人に権力を集中させる危険があり、 反対の運動が必要になっている。「集団自衛権」については、首相答弁は憲法の枠内で、 解釈でやるという方向になろうとしている。 これは改憲が簡単ではなく、山崎自民党幹事長の言う「国会決議」も条件である 全党一致が困難なことからの苦肉の策とみられる。 しかし、これも法解釈上いかにも無理がある。それでもやろうとしているのは、いかに、 アメリカの要求が強いかを物語っていると言えよう。靖国神社については、 「公式」をはずしたものの今夏の8月15日に強行する構えである。 「今日の日本の平和と繁栄は、戦没者の尊い犠牲の上に築かれたのだから」という認識 (戦没者の慰霊なら、非宗教の慰霊施設として千鳥ヶ渕の戦没者墓苑もあり、国家と宗教の関係、 A級戦犯の合祀、 侵略戦争の歴史に果たした靖国神社の役割など問題が指摘されているのに、 あくまでこだわるのは政治的意図が感じられる) や、問題となっている「新しい歴史教科書をつくる会」などの歴史教科書について、 韓国の要求を真摯にうけとめると言いながら、 「検定合格を取り消すことは考えられない」としただけでなく、そこに記述されている 「大東亜戦争」表現についても、 「当時のわが国での呼称だったことは歴史的事実だったのだから」と 容認する態度を示している。

  これから見られる小泉首相の認識は、「改革者」どころか、 非常に古い保守的な、国家主義者の顔で、 彼の師とする中曾根元首相の「お国のため」という口癖に通じるものが感じられる。

素顔は新自由主義プラス古臭い国家主義

  「経済構造改革」については、代表質問に対する答弁を経ても 依然として具体性がないと指摘されている。 「構造改革なくして日本の再生と発展はない」「痛みを恐れず、既得権益の壁にひるまず」 「聖域なき構造改革」 「2、3年以内に不良債権の最終処理」「経済・社会の全般にわたる徹底的な規制改革」 「実施する過程で、非効率な部門の淘汰が生じ、社会の中に痛みを伴うこともあり」 (いずれも施政方針演説)と言葉が踊るなかで、 新自由主義的な方向性だけははっきりしている。企業本位のリストラを促進する態度は、 厚生労働省に、 解雇しやすいようにと期限付き雇用の現行1年期限を2、3年まで延長し、終身雇用を見直すという、 これだけは具体的な指示をしていることからみても明らかである。 その一方「増税なき財政再建」のスローガンは「歳出の無駄の見直しを行なわないまま 安易に増税に頼らない」と早くも後退し、 国債発行額を単年度30兆円以下に抑えることも早くも努力目標に格下げになった。 「郵政民営化」については、「民間でできるものは民間で」と中曾根行革型の発想で、 新自由主義の路線であることがはっきりしている。

  こうして浮かびあがってくる小泉首相の実像は、 パフォーマンスや手法の違いを別とすれば、同じ派閥出身で、 人気最低だった森前首相とあまり変わらない思想の持ち主である。 その路線は、レーガン、サッチャー、中曾根型の新自由主義プラス日本の伝統的国家主義であり、 それは恐らく根底のところで古臭い天皇中心の家父長制にまでつながっているのではないか。 環境や、男女共同参画、地方分権などは言っているが、 そのぐらい言わなければ受入れられないから言っているだけであろう。 地球温暖化で京都決議書の発効をめざすとしているが、 それならばアメリカにどういう態度をとるのか、 明確にしなければ信用できない。

先行新自由主義の「成れの果て」を見すえよう

  「憲法9条の改正」「集団自衛権」「首相公選」「靖国神社参拝」などは、 さらにキメ細かい批判も必要であろうが、 大筋はこれまでの議論で間に合うと思うので、ここでは「改革」の根底にある 新自由主義の方向がそれほどいいものか、 新自由主義ですでに問題を露呈しているアメリカについての指摘を紹介しておきたい。 これは左翼からの指摘ではない。 経済界のシンクタンクの幹部の指摘である。まず、憲法9条を改正してまで軍隊を 公認しようとしているが、 アメリカは強大な軍の保持が経済も人の心も蝕んでいることについて、こう指摘している。 「軍事覇権を維持するための巨額の国防費は米国経済を圧迫し、成長率を押し下げ続けるだろう」 「軍事覇権の代償は、経済費用だけではない。……アメリカ国民の政治意識や 国際政治感覚にも悪い影響が出始めている」 (オルブライト前国務長官を具体的な例としながら)「米国の政界指導者たちのなかでは、 自分の価値観に合わない弱小国の不正な指導者は殺してもかまわないという発想が生まれ始めている」 「共産主義の脅威から同盟国を守るということ以外に、積極的な、前向きの、 多くの人々を惹きつけるような目標をアメリカは持てないでいる」 「目標がないのでは、世界政治を指導できない」と。

  そして、「国全体の経済指標がいかに豊かになっても、貧困と荒廃はなくならず、 教育は低下し、 人口50万以上の大都市はどこも、夕方以降は安心して歩けない状態になった。 市場原理が暴走する社会の仕組みをそのままにしているかぎり、偉大な社会など生まれるはずがない」 「アメリカ社会はタテマエとして大事にしている自由競争が原因になって、家庭が崩壊し、 教育水準が先進国中最低になるところまでいっている。市場原理が暴走した結果、 政治過程も裁判過程もすべて商業化し、 競争での敗退者は、犯罪でも起こすしか手短に所得を増やす手段がなくなっている」 「伝統的な家庭の崩壊が急速に進んで ……子供が実の両親と一緒に一つ屋根の下で暮らしている家庭はどんどん減って、 1991年にアメリカの家庭の半分でしかなかった」 という。これは新自由主義と伝統的な家族の価値観が両立すると素朴に思っていた中曾根、森、 小泉の諸氏には非常に皮肉な結果と言わなければならない。

  「米司法省の調べによると、子供を学校に入れたまま、授業料を払わず、 義務教育を放棄して蒸発する親が100万人以上いる。 ……市場原理と個人主義が暴走し、家庭が崩壊している結果なのだ」と言い、 さらに「大人の47%つまり9000万人のアメリカ人の大人が、学力があまりに低いので、 職場であまり役に立たない」ともいう。 (福島清彦・野村総研ヨーロッパ社長著『暴走する市場原理主義』、2000年2月刊より)

  サッチャーの新自由主義もイギリス産業を荒廃させてブレアの「第三の道」 に政権を譲ったが、 アメリカの荒廃も大変なものである。

市場原理と国家主義の暴走にストップをかけよう

  民間にできることは民間にまかせるというが、民間の市場競争になじまないものまで、 民間にまかせて、 すでにコストダウンの競争が、労働破壊、価格破壊、地域社会の破壊にまで進んでいるのに、 そして教育まで市場原理、競争の原理を持ち込んで、エリートだけを伸ばすような「教育改革」 を押し進めれば、 アメリカの荒廃と同じことになるだろう。そして、儲けた利益は、 より巨大な利益を求めてカジノ化した金融市場へとなれば、 荒廃は荒廃の輪をかけていくことになろう。

  小泉氏の勇ましい新自由主義的「改革」は、うっかり騙されて その本格的展開をゆるすならば、 必ず英米の後追いとなって日本の社会をいま以上に荒廃させ、 しかもそのあまりにも古い国家主義によって、 日本はアジアにおいて孤立の道を歩むことになるだろう。社会と産業の荒廃の上に、 国家だけが聳え立つ市場原理主義と国家主義の暴走を食いとめることが重要であり、 これが参議院選挙の第一の課題になるだろう。

新しい政界再編が意図されている

  第二は、政界の具体的な構図をどう描くかである
  国会の論戦を通じて、奇妙な特徴が浮かびあがっている。 それは、野党第一党の鳩山代表と小泉首相の「改革」に向けてのエールの交換であり、与党第二党の公明党の困惑ぶりである。 この捩じれ現象は、参議院選挙のあと、政界再々々編の序曲を予告しているように思われる。

  鳩山代表らは、自民党総裁選挙で小泉氏が橋本氏にやぶれ、自民党を割って出ることを期待していたと言われている。 どのマスコミも公然と言っていることだから、事実であろう。 鳩山氏らは自民党の分裂により、民主党が多数となり、政権につく甘い夢を見ていたのであろう。 その期待がはずれてもまだ、鳩山氏は「改革の成果を競い合うことはやぶさかではない」と述べている。 これはどういうことか。鳩山氏の「改革」の価値観と小泉氏の「改革」の価値観が逆方向ではなく同一方向にあって、 そのなかでの程度の違いだからであろう。もともと民主党の鳩山代表、羽田副代表、自由党の小沢党首らは自民党竹下派で、 同根の仲である。「改革」を唱えても、それは保守的「改革」であるから。一致するのは容易というより、当然であろう。 つまり旧来の自民党の利権と派閥むきだしの度合いを薄めて、 規制緩和、行革などの新自由主義と憲法9条の改正などを合わせた「改革」で、 新しい保守再編を図る意図があるとみられる。

  小泉氏も、与党や社民、共産各党の質問には淡々と官僚作成の原稿を棒読みにし、 民主党の質問には「勇気ある質問」と言ってみたり、「改革」の大演説をしたり、 総裁選で現在の枠組みにはとらわれないこと発言した意図が、与党の枠組みを踏襲しても消えていないことを思わせる。 それにしても、小泉人気に「改革」の旗をとられた民主党に参議院選挙は厳しいものとなろう。

  一方、公明党は「首相公選」「集団的自衛権」「靖国神社参拝」など同党としてはのれないはずの話につきあわされ、 しかも与党で合意した衆議院選挙制度の見直しは公明党の意図する中選挙区の復活をはぐらかされそうになっており、 「永住外国人の地方参政権」もデッドロックに乗り上げている。公明党の矛盾も深い。

対抗軸は欧州社民の経験プラス日本国憲法9条

  新自由主義プラス日本的保守(そのなかには古い伝統的国家主義からややリベラルまでありうるが、 それは政権につくためには調整可能とみられる)に対する対抗軸はやはり社会民主主義しかない。 それはヨーロッパで成立した環境重視とフェミニズム、雇用と福祉重視の社会民主主義に加えて、 憲法9条を中心とする平和主義を加えた日本的な社会民主主義ということになろう。その中心的担い手は、 まだ小さいとはいえ社会民主党ということになろう。

  社会民主党は土井党首が発表した「21世紀の平和の構想――核も不信もないアジアを」と 『人』から元気にする経済活性化計画」を発表し、参議院選挙への政策面での準備が整った。 候補者も比例区に大田昌秀・前沖縄県知事をはじめ公認9名、選挙区に公認14名、推薦10名、他党候補の推薦・支持6名がそろい、 まだ増える分もあろうが候補者の面からもたたかう体制が整った。

  「『人』から元気にする経済活性化計画」は辻元清美政策審議会長が 「調査した結果、北欧など財政赤字を克服した国々(そのほとんどが社民政権)の共通した特徴が女性政策の充実だった」 というように市場万能主義ではなく、しかも経験に学んだ社民政策であり、「21世紀の平和の構想」とともに、 新自由主義プラス日本的保守に対抗する新しい社会民主主義プラス日本の憲法9条に基づく平和主義の展開となっている。

  これはどこまで一般にわかりやすく訴えられるか、が政策的ポイントになるだろう。



与党の議席過半数を阻止し、社民党は 対抗勢力の中核として、新しい市民的基盤の確立を

  参院選の具体的獲得目標はまず、与党3党の過半数を阻止することであり、そのことを通じて、 市場原理の暴走による社会の崩壊に歯止めをかけること、憲法と平和の危機を食いとめることである。

  そして、社民党が目標とする二ケタ以上の新議席獲得を通じて、 もう一方の陣営の中核に社民党を進出させることである。

  しかし、それは厳しいたたかいを通じてしか実現しないだろう。かっての日本社会党には、 総評という支持勢力があって、これを中心にした基盤があった。 しかし、今日の社民党は労組の「連合」が民主党に基軸に移行した後、「市民との絆」をうたったものの、 まだ安定した基盤は確立されていない。ヨーロッパの社民勢力は市民的ひろがりの中心に、 まだ強力な労組勢力が坐っているとみられるが、日本では将来はともかく、 当面は民主党基軸の労組に大きく期待するわけにはいかない。社民党は支持労組を拡大する努力をしながらも、 直接市民と結びついてそこに新しい基盤を確立していかなければならない。 その際、現状に批判的ないわゆる「無党派層」とむすびつきうる政策、よびかけが課題となる。 参議院選挙のたたかいを通じて、その課題にチャレンジしていかなければならない。

  「連合」も民主党の現状には矛盾を感じているとみられるが、 組織率の低下やリストラとたたかい難い企業別の組織実態のなかで、簡単に労組の改革が進むと期待することはできない。 労組改革は長期的な粘り強い取り組みが必要になると思われる。

  もう一つの厳しさはマスコミの無視のなかで、市民に声を届けていかなければならないことである。 社民党自身のマイクをどう大きくしていくかが課題になってくる。この厳しさを突破して初めて、 社民党は政界再々々編のもう一つの中核となりうるだろう。 そして、これらの悪条件を突破していけば、根強い力に成長することができるだろう。そのことを強く期待したい。