【進歩と改革2021年9月号】掲載


最低法人税率で問われなかった問題

 7月10日、G20が最低法人税率を15%とすることやデジタル課税で大枠合意したと発表した。麻生財務相が「歴史的な合意と言え、大変歓迎している」と、7月2日の記者会見で述べるなど、当事者は自画自賛を隠さない。報道も、朝日が「国家主権の根幹である税制に統一の決まりを設け、法人税率の引き下げ競争に終止符を打てれば、歴史的な成果」とし、また読売が「時代の変化に即した国際税制を構築していくことは、画期的な試み」と述べるなど、立場を超えて高く評価している。その一方で、各紙はこの合意内容からの逸脱を懸念する。読売が「制度の具体化では各国の利害が対立する可能性が高い」ことや、毎日が「例外を相次いで認めると、課税逃れ対策の効果が薄れ」ることを心配するように(ともに7月13日付社説)。

 いわゆる有識者も、遠藤乾北大教授が朝日新聞デジタル版の7月2日の記事に「珍しく良いニュース。画期的」、「こうしたグローバル・ガバナンスがまだやりようによっては可能となることも示された」「この方向で機能的な国際協調を進め、課税、環境、ワクチなど、簡単になくなりはしないグローバル化の統御を試み続けるべき」(原文のママ)とコメントをつけている。

 しかし、そもそもこの問題には米国内のイデオロギー対立が影響している面があることが見過ごされがちである。さらに、国際協調と言いながら、この動きが米国の呼びかけに応じたG7が主導したものであり、G7が発表した時点で合意したと伝えられる約130カ国、G20の発表時では約140カ国、さらにそれ以外の約60カ国・地域の発言権が保証されていないことに至ってはほとんど無視されている。

 税制はその国のあり方に直結するが、独立運動のきっかけの一つが課税権だった米国ではこれは特に大きな意味を持つ。特に所得税に関しては、「連邦議会は、いかなる源泉から生ずる所得に対しても、各州の間に配分することなく、また国勢調査あるいは人口算定に準拠することなしに、所得税を賦課徴収する権限を有する」とする憲法修正条項が成立したのはようやく1913年だった。現代でも、強固なトランプ支持層となったティー・パーティ運動の父とも言われることがある、強硬なリバタリアンであるロン・ポール元下院議員が所得税廃止を主張するなど、所得減税は人工中絶や銃規制などと並ぶ米国社会の重要な対立点である。

 米国では1950年代より法人税率を引き下げてきたが、特に81年に成立した新保守派のレーガン政権以降、10%前後の水準が続いてきた。この新保守派の動きがブッシュ親子につながり、さらにオバマ政権時に芽を吹くティー・パーティ運動がトランプを生み出すことになる。法人税引き下げ競争を先導してきたのは米国に他ならない。これは、米国内の減税原理主義の世界化と呼ぶべき面もあったのである。

 もちろん米国社会はこのことを認識している。例えば、ニューヨークタイムスが「税金海賊は我々だ」と題する社説を掲載し、「共和党の過激な反税主義者は、企業からさらに金をとるいかなる計画にも反対する。さもなくば金が外国政府に支払われるとしても」「海外のタックス・ヘイブンに焦点を当てることは、米国が米国企業のタックス・ヘイブンであることをあいまいにする」と書くように(7月13日付)。自国にその利益が残るのか、それとも国外に流出するのか以上に、所得への課税または課税されないことがまさに米国社会の理念にも関わる問題であることが、背景にある。単純に一部の小国がタックスヘイブンであることだけが問われているのではない。

 またこの社説は「(タックスヘイブンである)ジャージー島で利益を計上する企業は、リベリアの旗を掲げる貨物船と同じ」とも言うが、リベリアやパナマなど、船への課税が低い国に形ばかりの船籍を置く便宜置籍船問題は、今回も問われていない。20年8月に日本の船会社のパナマ船籍の船がモーリシャスで座礁し大量の原油が流出し、また21年3月に日本の船会社が所有し、台湾の海運会社が運航するパナマ船籍の船がスエズ運河を封鎖する事故を起こすなど、日本でも便宜置籍船が話題になることは多いのだが、少なくとも現時点では、国際的な重要課題とは見なされていない。海運業にのみ関わる便宜置籍船問題と法人税全般の問題ではその影響の及ぶ範囲が根本的に異なることもあるが、それだけではなく、所得課税自体を巡る米国内の理念対立が大きい。

 一方、これは先進国以上に、自国の産業育成を図らなければならない開発途上国の方が影響が大きい。このため途上国も税に関する国際協力を求めており、途上国のグループであるG77は、2015五年の外相会議共同声明で次のように表明していた。  「開発における税制の中心的な役割の認識が増大している一方で、政府間レベルにおいては国際租税協力のためのグローバルで包括的なフォーラムが存在していない」「租税問題における国際協力に関する専門家委員会を、政府間機関に全面的に格上げする必要がある」

 この専門家委員会は、1968年に国連経済社会理事会の下部機関として創設されたアドホック専門家グループを04年に改称したもので、各国の税務当局間の国際協力を強化推進する観点から対話の枠組みを提供することなどを任務としていた。

 15年には第3回開発のための融資に関する国際会議が開催されたが、ここでは、政府間の税に関する議論を強化するためにこの専門家委員会の開催頻度を年2回に上げることなども決められた。16年のG77外相会議では、多国籍企業がその活動している国ごとに税務当局に報告してる問題などもを含めて、透明性を強化し、適切な政策を採用するために各国へ呼びかけ、特に後発開発途上国の配慮、タックスヘイブンの廃絶、マネーロンダリングも強調し、改めて専門家委員会の格上げを求めた。

 しかしこのような南の呼びかけは無視された。朝日は「歴史的な制度変更になるだけに、新ルールがいったん決まれば、当面は見直せないだろう。……安易に妥協すれば後々まで禍根を残しかねない」と言う。しかし問題は安易な妥協だけではない。それ以上に、そのような歴史的な制度変更が、国際的な租税機関でではなく先進国七カ国で決められたことにある。それはかつてガットで貿易交渉を重ねたことと比べても、閉鎖的な決定過程と言わざるを得ない。

 これにより国際租税機関創設の可能性が無くなったとすれば、その負の側面は大きい。それを考えると手放しの評価には違和感を覚える。