【進歩と改革2021年4月号】掲載


日本型陰謀論

 米国の議事堂襲撃事件から、改めて陰謀論が関心を集めている。大統領選に関する陰謀論について、英語圏以外では特に日本語で拡散したことも報じられた。このような中で、例えば朝日は「陰謀論 溶けゆくファクト」を連載し、「安倍政権への期待感を……トランプ前大統領に仮託している人々も多いよう」とする宗教学者の辻隆太朗や、「日本の社会も同じ道をたどる可能性はある」とする片山杜秀・慶大教授の談話を紹介し、「強靱な米国の民主主義は持ちこたえたが、同じこと が……日本に起こったら、と想像すると戦慄する」との豊永郁子・早大教授の論考も掲載した。

 豊永以外の発言は、論者の趣旨を正確に反映していない可能性が高いが、記事全体の論旨は3つの点で問題がある。第1に米国社会の認識を適切にふまえているとは言えないこと、第2に米国の陰謀論と日本の陰謀論は方向性が異なること、第3に米国以上に日本社会の方が陰謀論が浸透している面が強いことである。

 米国社会には当初から分断の傾向が強く、南北戦争も経験した。その後も、激しい対立を巻き込みながら米国とは何かが常に議論されてきた。

 まただからこそ、連邦政府に対する不信が強い。米国では、連邦政府、中でも巨大組織である連邦軍、NASA、CIAなどをめぐる陰謀論が根強いが、その背景もここにある。銃を持つ権利も、本来は連邦政府のみに武装させない、いわば革命を起こす権利として主張された。そしてもし自分たちが騙されている のならば、もはや民主制ではない。だからこそ分断について敏感で、特に危機に際しては団結が唱えられる。国名にある「ユナイテッド(連合した)」の意味するものは単純ではない。

 議事堂襲撃もこのような文脈に置くと意味を理解できる。連邦政府における経験を全く持たないトランプが大統領に就任し、その中で自分たちの生活が向上したと考える人々にとって、選挙で不正がなされたのならば、革命に立ち上がることも辞してはならないのだから。トランプには米国社会が築き上げてきた社 会規範を逸脱する言動が多いが、そこで問われたのも、何が米国なのかという根本的な問いだった。

 これに対して、日本では陰謀論が立場を超えて盛んで、しかもその矛先はもっぱら国外に向けられる。欧米列強、ソ連、米国、中国など、時期と立場によって対象が異なるだけで、国外に脅威を求める傾向は変わらない。逆に自国政府が国民を騙すことに対してはむしろ寛容である。

 ここで、怪しげなSNSではなく主要な紙媒体である右派の産経新聞が掲載する陰謀論を見よう。外部執筆者を起用する「正論」欄にも、大統領選挙そのものに対する不正を訴える論考が複数掲載されている。バイデンの大統領就任後も、政治学者の施光恒・九大教授が「不正選挙に関するトランプ氏側の主張 が大手マスコミや政府機関に不当にもほとんど取り上げられていない」「しかし……各地の議会で開いた公聴会では非常に多くの宣誓供述書付きの証人が名乗り出ているし、大規模な不正があったとする大統領補佐官ピーター・ナバロ氏による詳細な報告書もある」「大手IT企業の対応も異常だった。トランプ陣営だけ でなく支持者のアカウントにも大掛かりな規制をかけた」(1月20日)と主張し、エッセイストの竹内久美子も、「“不正”投票機が使われ、一方の候補者に有利となるよう票をすり替えることができるという。……開票作業の際に、共和党支持者が排除されるとか、開票所の内部が見えないよう、内部から覆い隠された という情報もある」「トランプ氏は扇動などしていないし、そもそも乱入した者たちの多くは、トランプ支持者に偽装した過激派だと疑われている」(2月日) などと主張する。

 トランプが敵視した地球温暖化についても、20年12月25日に初めて正論欄に登場した杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹は、「災害のたびに地球温暖化のせいだと騒ぐ記事があふれるが、悉くフェイクニュースである」「なぜフェイクが蔓延したか。政府機関と国際機関、御用学者等の連合体が、不 都合なデータを無視し、異論を封殺し、プロパガンダを行い、利権を伸長した結果だ」と断じ、「気候危機はリベラルのフェイク」「米大統領選ではツイッター等の大手ソーシャルメディアの民主党寄りの党派性が剥き出しになったが、温暖化にも言論統制は及んでいる」(2月22日)とQアノンをなぞる。

 日本的な問題である歴史認識についても、藤岡信勝・新しい歴史教科書を作る会副会長が、その中学歴史教科書が19年度の検定で不合格になったことを「つくる会狙い撃ちの『不正検定』」とし、「歴史教育の改善に取り組んできた安倍政権へのあてこすりであり、文科官僚の反政権クーデター」とまで言い(20年 4月10日)、「萩生田文科行政には大いなる危惧を抱かざるを得ない」(11月18日)と批判する。

 ただし、米国的な中央政府に対する不信とは異なり、反中意識が背景にある。藤岡は「習近平国家主席の国賓招待や武漢肺炎への対処に表れた安倍政権の対中姿勢が最大限利用され、つけ込まれている」と断じ、竹内は「トランプ氏が成し遂げた……中国共産党(中共)に対する強硬姿勢など、愛国者としての業績を評 価する人々であふれかえった」とし、杉山も「CO2ゼロ……でほくそ笑むのは中国である」と主張する。

 すでに日本極右は陰謀論化しているが、それはまさに日本型陰謀論であり、日本軍国主義を容認し得ない米国保守派の中国警戒とは異なる。

 興味深いのは、このような動きが活発化するのが1990年代半ば以降で、グローバル化とは直接に関係がないことである。米国社会の保守化とは異なり、ま さに右傾化である。

 昨年、愛知県で開催された美術展をめぐって、美容外科医の高須克弥が愛知県知事のリコールを呼びかけ、河村たかし名古屋市長らが積極的に支援した。しかしこの結果集められた署名の約83%が無効とされた上に、アルバイトが名簿を書き写していたことが報じられている。すでに陰謀論化していた日本極右が、 民主制の乗っ取りを図ったのである。

 米国社会に根深い連邦政府への不信と革命の権利が歪んだ形で暴発したのが議事堂襲撃であるならば、天皇制擁護のためならば手段を選ばない日本右翼の特質が正体を見せたのがこのリコール騒ぎと言い得よう。日本でも陰謀論が力を持つ危険性があるのではない。すでに顕在化している。問題は、米国社会が陰謀 論と厳しく対峙しているのに対して、日本社会はその認識がないことにある。