【進歩と改革2020年11月号】掲載


安倍外交を支持するリベラル

 突然の安倍の辞任と菅政権の誕生だった。党員投票を行わず、政策論争も不十分なままだったが、メディアも議論を国内問題に集中し、安倍が誇ってきた外交を問わなかった。

 朝日は「外交・安全保障分野では、首脳間の関係を深めるのに長期政権が役立った側面はあるが、『戦後日本外交の総決算』をスローガンに取り組んだ北方領土交渉は暗礁に乗り上げ、拉致問題も前進はみられなかった」(8月29日社説)と、基本的に安倍の外交姿勢を支持した上で、安倍が掲げた課題が達成されなかったことを問題にするに留まった。改憲問題に例えれば、安倍が改憲を主導したことではなく、実現できなかったことを問題にしていることになる。付記すれば「戦後日本外交の総決算」自体が改憲を目指している。

 菅政権発足後の16日には論説主幹の署名記事を一面に掲載し、「菅義偉氏は安倍政権の継承を掲げるが、経済や外交で実をあげた側面はともかく」と、外交の継承には問題がないかのように議論を始める。毎日新聞も同様で 『戦後外交の総決算』掲げたが、北朝鮮による日本人拉致問題やロシアとの北方領土問題は解決に向けた糸口も見いだせなかった」(8月29日社説)と言う。

 一方で右派の読売は、連続在任記録の更新直後に「外交では、米国をはじめ各国の首脳と良好な関係を築いている。集団的自衛権の限定行使の容認など、安全保障政策を強化したことも特筆されよう」(8月25日社説)と論評した。集団的自衛権に関しては対立しているはずの朝毎と読だが、外交に関してはともに肯定的である。どちらかがおかしい。

 憲法で外交、安全保障に関して規定した唯一の条文は第9条であり、外交政策の下位政策が安全保障政策である。だからこそ安倍は、自らの外交・安保政策を規制する、集団的自衛権は憲法上行使できないとの政府の解釈を変更したわけである。

 これについて読売は、安倍の外交政策を肯定した上で、集団的自衛権行使容認を高く評価している。しかも読売はかねてより改憲を唱え、安倍が改憲を主導したことも支持する。そしてその文脈で沖縄の米軍基地の必要性を訴え、安倍外交の中でもトランプとの良好な関係を評価する。ここに矛盾はない。問題は、安倍の改憲主導、集団的自衛権の解釈変更、沖縄への姿勢などを批判しながら、それらの根幹にある外交政策は肯定する朝日や毎日にある。

 では朝毎にとって外交問題とは何なのか。朝毎は安倍の沖縄への姿勢を批判してきた。しかし朝毎が安倍外交を肯定する以上、沖縄の米軍基地は外交問題ではないことになる。安倍の下で日韓関係は最悪とも言われる状態になったが、朝毎にとってはこれも外交問題ではないらしい。安倍は核兵器禁止条約の批准を拒否したが、これも外交問題ではない。

 朝毎は安倍の靖国参拝を批判してきた。一方、靖国参拝を支持する政治家やメディアはこれを外交問題化させるべきではないと繰り返してきた。例えば、今年8月15日に靖国参拝をした高市早苗総務相は、参拝を「決して外交問題にしてはいけないし、外交問題ではあり得ない」と言い、九月一九日に参拝した安倍について、岸田文雄も「外交問題化するべき話ではない」と語る。もちろん、これが外交問題だからである。

 宗教支配を基本とする軍事大国化を謳った明治政府がその成立と同時に創建したのが靖国神社である。そして日本軍国主義は侵略的な対外政策を掲げ続けて、日中戦争だけでも中国に少なくとも10000万人以上の犠牲をもたらした。その日本軍国主義が復活しないための約束として制定されたのが第九条であるのに対して、靖国は日本軍国主義に指導的責任を持つ東条英機を初めとするA級戦犯も祀っている。こうした経緯を分かっているからこそ、靖国を支持する者たちはこれを外交問題とすることを拒絶してきた。朝毎が安倍外交を支持する以上は高市らと同様にこれが外交問題ではないと考えるのだろう。それともはっきりと靖国を支持しているのだろうか。

 また米国大統領選を控え、トランプへの批判も繰り返される。例えば朝日は、「自由や民主主義を世界に広める。米国の歴代政権の外交にはそんな理想があった。だが、自国の利害にしか関心がないトランプ政権の 4年間で輝きは失われた」(9月23日)と言い、カショギ記者殺害の疑惑のあるサウジ皇太子を擁護するトランプを批判する(二四日)。

 しかし、そのトランプをノーベル平和賞に推薦してまでご機嫌を取り、トランプと他国との橋渡し、すなわちトランプの主張を支え続けた日本については、朝日は「首脳間の関係を深めるのに長期政権が役立った」と言う。もっともこのようなことは今に始まったことではない。例えばブッシュが起こすイラク戦争を世界で最も強力に支持し続けたばかりか、中小国にも圧力をかけ続けたことの責任を、朝毎はどこまで問うたのか。

 その一方で、「国連 薄れる存在感」をシニカルに論じた上で「安保理、もはや世界情勢と合っていない」と、日本の常任化をほのめかす(9月23日)。問題は国連を初めとする国際協調を踏みにじるトランプにあるのではなく、トランプを支持する日本が常任ではないことにあるらしい。もちろん、日本が目指す国連改革とは日米などの主張を通りやすくすることに他ならないが、安倍外交を評価する朝日にとってはそれは好ましいことなのだろう。

 両紙は、賃上げを求め、教育費の無償化を進めた安倍の政策がリベラルか否かも問題にする。しかしこれも視点を国内問題に限定するからである。日本軍国主義はただの軍国主義に留まらない異常な侵略国家だったが、自爆攻撃を長期にわたって採用し得る異常な国内支配体制もその特質だった。このような近代日本体制をそのまま蘇生させることは、多少なりとも民主化を経験した社会においてはできない。このため、戦後世代の右翼の中でも理論派は、現代日本社会が持つ矛盾を容認し得ず、多少の現代化をせざるを得ない。安倍側近の稲田朋美が未婚の母や性的少数者の権利を推進するのもこのためと言えよう。日本右翼の矛盾は外交政策にこそ現れるのである。

 このように見ると、朝毎には歴史認識も、政治感覚も、そして何よりもジャーナリストとしての感覚も欠けているのではないか。そして安倍が長期化し、菅政権が高い支持率で発足した理由は、この程度のジャーナリズムしかないからではないか。

 もちろん記者だけにその責を負わせるわけにはいかない。人から話を聞いて記事を書くのが記者なのだから。問われているのは日本の知性そのものなのである。