【進歩と改革2020年9月号】掲載


米国議会と米中関係

 7月22日、米国がヒューストンの中国総領事館の閉鎖を要求していることを中国が公表し、23日にはポンペオ国務長官が対中政策の根本的な見直しを訴え、有志国による対中連合も呼びかけた。24日には中国が四川省成都の米国総領事館の設置許可の取り消しを発表するなど、米中の対立がエスカレートしている。

 ただし、トランプ政権はヒューストンの中国総領事館がスパイの巣だと主張するがその証拠も示していない。ワシントン・ポストが「トランプの中国政策に戦略なし 再選キャンペーン推進以外は」と7月24日付け社説で主張するように、コロナ・ウイルスへの対応から支持率が急落したトランプがなりふり構わない姿勢を示しているに過ぎない。 また、政権が交代しても、トランプが焚き付けた中国不信が消え去ることはなく、アジアを重視したオバマ政権初期の頃の米中関係に戻ることはないとする見方も強い。しかし、中国が深刻な問題を抱えているにせよ、この国が建前上は極めて統制的でも、実態は必ずしもそうではないことは米国もよく承知しており、不信のみを強調するのは適切ではない。また、警察官による黒人殺害問題を契機にミシシッピ州議会が州旗のデザインを変えたり、プリンストン大学が、国際連盟創設への貢献からノーベル平和賞を受賞したウィルソン元大統領を記念するウッドロウ・ウィルソン・スクールを改称するなど、問題が明らかになった際には変化を厭わない面も強い。

 このような視点から、2019年5月に議会下院が開催した中国政策に関する公聴会から紹介する。18年の中間選挙で下院を制した民主党が、米中正常化40周年を迎えた昨年、下院外交委員会で「賢明な競争 米国の中国戦略40年」と題する公聴会を開催したのを皮切りに、小委員会でアジア、ヨーロッパ、中東における中国の影響力について、さらに中国が展開する対外援助について、集中的に4つの公聴会を開いたのである。トランプ政権が、中間選挙対策の意味からも18年から中国に関税競争を仕掛ける中でのことだったが、一連の小委員会の公聴会に先だって開催された外交委員会の公聴会で、エンジェル外交委員長が、「我々は、我々が共有する全ての問題において中国と協力しなければならない。核の不拡散から地球環境、地球規模の健康とパンデミックまで、我々の関心はしばしば中国と一致する」と冒頭演説で述べたように、ここで問題とされたのは中国以上にトランプの姿勢だった。

 証人として招かれたのは、中国外交の研究者であるエリザベス・エコノミー、米中のサイバーセキュリティーの専門家であるサム・サックス、オバマ政権で国防総省アジア太平洋担当主席次官補だったケリー・マグサーメンそしてブッシュ・ジュニア政権で副大統領国家安全保障問題副補佐を務めたアーロン・フリードバークだった。前3人がリベラル系、フリードバークは新保守派で、民主党が優位となったことが如実に示されていた。なおリベラル系の3人がいずれも女性であることは、男性優位を隠さないトランプ政権への批判が込められていたとも言えよう。

 リベラル系の3人が口をそろえたのは人材育成の必要だった。エコノミーは「中国について訓練を受け、学び、中国で研究した若者が政府に入るのがより難しくなっていることが、我々を間違った方向に導いている」ことを問題にし、サックスは「研究、開発、製造そして人材に関して我々は相互に結びついたシステムの中にあり、中国人学生、研究者、科学者が全てスパイではない。彼らをそのように扱うことは米国の国益にとって危険である」と指摘し、マグサーメンは「うまく競争できるか否かは、何隻の空母を持っているかではなく、我々の最大の強みであるアメリカ人にどれだけ投資するかにより多くかかっている。このことは国防省の元上級職員として言っておく。過去何十年にも渡って、中国は公教育、公共インフラの改善、ハイテク研究開発そしてグローバルな外交に何十億ドルも投資してきた。同じ時、ワシントンは国力を支える基本的な基盤、そして最も重要なアメリカ人への投資を減らしていたのである」と、米国の現状に警鐘を鳴らした。

 一方で、保守系の唯一の証人となったフリードバークがトランプ政権の応援団となったわけでもなかった。彼は中国の軍事力の増大を強調し、「我々の友人や同盟国との協力」の重要性を再三口にした。ボルトンとともにブッシュ・ジュニア政権を支えたフリードバークにとって、「我々の友人や同盟国との協力」を軽視する一方で、独裁的な指導者との取引を好むトランプの姿勢は容認できるものではなかった。同時に、エコノミーが指摘するように、トランプ支持層には外交問題について公聴会で証言するに足る人物は限られていることも事実だった。 ここで興味深いのは、委員長につぐ民主党のトップであるシャーマンが、「対中貿易赤字の増大により340万人の雇用が失われた。……これがドナルド・トランプを当選させたのである。私はこれこそこの国の問題だと思う」と、雇用を問題にしたことである。これに対してエコノミーは、「貿易赤字をなくすことがここでの問題とは思わない。多くの国との間で貿易赤字は常に存在している」と口を挟むが、シャーマンは、「人々にとって問題なのは職を失うかどうかだ」と断じた。

 全体的に見れば、米国経済は拡大し、多くの雇用が生まれている。それを支えているのは、米国経済が農業や工業から情報産業に大きくシフトしてきたことであり、だからこそこの40年間で1億人の人口が増加した。しかしその一方でそれに対応できないまたは対応することを望まない人々や地域があり、格差も拡大した。そしてトランプが掘り起こすべき票田として目を付けたのがこの層だった。それが対中関係にも大きく影響している以上、まさに「これこそこの国の問題」だった。貿易に関する議論として適切か否かが問題なのではなかった。そして確かに無視できない問題だった。

 そしてこのことは、エコノミーら3人の証人が、共通して米国の人材育成の問題点を指摘したことにも通じる。米中関係の改善が望めないとすれば、それは、これが難しい外交問題だからではなく、解決困難な米国の国内問題だからである。

 ただし、エンジェルが言及したパンデミックが1年後に現実化し、それがトランプ政権の政策能力の稚拙さを国内に露呈したように、逆の効果を持つ可能性もある。中国や北朝鮮の脅威の前には右も左もない日本では望めないだろうが。