【進歩と改革2020年4月号】掲載


若者が安倍を支持する背景

 安倍首相が若い世代から高い支持を得ていることについて様々な論評がなされている。例えば朝日は、格差が拡大する中で、現状維持を支持する恵まれた層と、ギリギリの生活を送りながらさらなる悪化を恐れて政権を支持する層があると指摘する中西新太郎・関東学院大教授の見解を紹介しているが(2月12日朝刊)、筆者は、こうしたことに留まらない根本的な変化がすでに確立しており、それがさらに急変する可能性が高まっているとも感じている。 筆者が勤務するのは、法、経、文などの学部を中心とするいわゆる中堅文系私大である。大学生の7割はいわゆる文系学部で学んでおり、中でも私立大学の文系学部に所属する学生は全大学生の約5割を占める。もちろん、学費の高い私立大学の学生は比較的恵まれた層に属している場合が多いが、それにしても、筆者は典型的な大学生に日々接していることに変わりはない。今回は、国際政治には関わらないが、若者の安倍支持の背景について考える。

 一  学生から見た右翼と左翼


 学生からよく受ける質問の一つに、右翼と左翼とは何かがある。常識に属する問題である一方、本格的に議論するのは容易ではない。とはいえ、そのままにしておくこともできず、担当講義においても適宜時間を割いて説明してきた。この秋も、毎回講義の終わりに書かせている講義に関する質問や意見において、分からないとの意見が多く寄せられたことから、2年生以上が履修する専門科目の日本外交論において簡単な無記名の調査を行った。その中で、現在の日本で主要な政治課題となっている以下のような主張を示し、それを右翼的だと思うか左翼的だと思うかを尋ねた。「沖縄の米軍基地は必要」、「天皇への批判は許せない」、「原子力発電は維持すべきだ」、「今の韓国政府は反日的だ」、「憲法9条は変えるべきだ」、「自衛隊を強化すべきだ」。もちろん、右翼を自認した上で沖縄の米軍基地を批判する者もいるが、細かく説明するとかえって煩瑣になることに加えて、学生がそのような点にまで立ち入った説明を求めてはいないことから、一般的な傾向への認識として尋ねた。

 この時の出席者は34名だったが30名が回答した。その中で、全てを右翼的な主張だとみなしたのは4名に留まる一方、全てを左翼的主張だとした者が2名、全てを空欄にした者が4名いた。米軍基地と韓国に関しては11名が左翼的主張だとし、改憲は8名が、他の項目は9名が左翼的主張と考えていた。サンプル数が少ないにしても、空欄にした4名と合わせると回答者の半数から4割が、これらの主張を右翼的とは捉えていないことになる。ただし、積極的な関心を持った上でこのように認識しているわけではない。関心がない、これが実態である。1年生を中心とした別の授業では、政治問題や社会問題に関心がないと答えた学生が95%に及んだ。

 二 新聞を読まない大学生
 

 そもそも、今の学生は新聞を読まない。総務省の「平成30年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」も、20代が新聞を読む比率は5・3%、1日に新聞読む時間は1・2分に過ぎないとしているが、これは大学生でも変わらない。私の調査ではほぼ毎日新聞を読む学生はここ5年ほどは5%前後、全く読まない者は70%前後で、読まない者の半数近くが読む必要を感じないと答える状況が固定化している。いわゆる名門国立大学で調べても、数値に大差はない。

 ただし、読まないのは若者だけではない。新聞通信調査会の19年の調査では、新聞の月極購読者率は68・6%、大学生の親世代に当たる50代では68・4%で、親世代の約1/3が新聞を購読していない。

 特に注目されるのは、50代の講読率がこの数年間で急激に落ち込んでいることで、15年は84%で全体の75・8%を8ポイント上回っていたが、16年からは全体を2−4ポイント上回る程度になり、19年度には0・2ポイントではあるが全体を下回るに至った。150人程度の学生を対象にした私の調査でも、特に2014年より実家でも購読していない者が増え始め、15年には10%を、18年には20%を超え、今や約25%の学生の実家が新聞を購読していない。子どもを私立大学に通わせており、会社勤めをしていれば部下が新聞を読まず、また読めないことを嘆いているであろう世代で、若い頃には新聞を購読するのが当たり前だったことを考えると、注目すべき数値だろう。私が19年に行った調査では、自由記述欄に、家族が誰も読まない、1週間の無料試読を受けたが全く読まずに捨てた、ネットで間に合うので親が講読に反対しており、授業で新聞を読めと言われて困っている、毎日読む祖父母を尊敬するなどとも書かれている。

 この調査では、就職活動に影響するので読まなければならないと思うが難しくて読めないと答える者が約30%にのぼる。新聞で用いられる漢字は中学生までで習うものを基本とするが、それが読めない文系大学生が珍しくなくなっている。全国大学生協連が18年に発表したように、1日の読書時間が0である学生も5割を超えているが、その背景である。

 このように見れば、改憲が右の主張か否かを分からない学生が4割に上っても全く不思議ではない。維新の会こそ改革派だと考える学生が多いが、これも当然で、むしろ彼らは社会問題に関心を持っている学生である。主要政党の党首等10名を列挙し、それぞれを右翼的だとか思うか左翼的かを尋ねたが、全く答えない者が1/3の10名に上り、別途口頭で尋ねたところ、安倍晋三を除くと他の政治家の名はほとんど認知されていなかった。 先に14年より実家でも購読を止めた者が増え始めたと書いたが、読書時間が0の学生が4割を超えたのが13年で、同時期である。12年の34・5%から5年間で約20ポイント増加して17年の53・1%に至っている。それまでは3割台で、これはいわゆる文系大学生の割合に近接していた。12年頃までは少なくとも平均的な文系大学生の周囲には新聞が存在しており、多少なりとも本を読んでいたのである。しかし今では、学生に本を読むよう求めること自体がとんでもない要求であり、ましてや2冊を読み、それぞれの主張の違いを整理し、論評せよなどという課題を出すと大騒ぎになる。

 三 スマホの普及と安倍再登場


 では12年に何があったのか。改めて言うまでもないが、スマートフォンの世帯保有率が49・5%に達した年である。iPhone が日本で発売されたのが08年、4年後にはこの数字に至り、15年には個人保有率が53・1%に達した。iPhone 登場の前年にはテレビがデジタル化され、新聞のテレビ欄も存在意義を失っていた。

 また、総務省の調査でも今や若者のネット視聴時間はテレビの視聴時間を上まわる。若者にとって情報とはスマートフォンのニュースまとめサイトや彼らが「信頼」するブロガーを通じてもたらされるものに他ならなくなっている。しかも17、8年から、LINEニュースやグノシーなどのスマート・フォン向けのニュース・アプリケーションが、利用者の検索履歴などによってニュースを選別して配信する動向を強めた。この結果、利用者によっては政治ニュースなどが示されないことも珍しくない。このため、連日、新聞の一面を飾り、テレビニュースのヘッドラインに登場しているニュースでも、そもそも認知していない学生が増加している。いくら大ニュースであっても、過半の学生が認知しているとは言えないのが、現状である。

 フェイク・ニュースが大きな問題となるのはこのためである。また、まとめサイトが学生アルバイトらによる著作権を侵害したいい加減な記事を多く掲載していたことが16年に表面化したが、これも、このような背景があるからこそ深刻な意味を持った。しかも、この事件が新聞購読率の上昇に繋がることはなく、まとめサイトなどの影響力はこの後にさらに拡大した。安倍が首相に復帰した12年12月はまさにこうした傾向が強まる時期だったのである。

 さて、学生達にとって最大の関心事は就職である。ただしそれは関心を持たざるを得ないという意味であり、不安材料である。ところが、19年の就職状況は過去25年間で最も売り手市場で終わり、新聞を読まず、まともに卒論を書かない学生でも就職できる状況が続いてきた。不安材料だが、実際には不安を抱くまでもなかったのである。そうであるのならば、親も読まない新聞を学生が読む必要は全くない。学生にとって重要なのは、就職氷河期と言われた民主党政権時期に戻らないことに他ならない。そして若者からみれば幸いにもそのようなことは起こらず、リーマン・ショックももはや歴史的過去の出来事である。

 そして、リーマン・ショックを直接に経験し、しかも親から独立する30代の世帯は新聞購読率が34・9%と最も低い。それだけではなく、08年以降の講読率の低下も、全世代で最も大きい45ポイントを記録している。報道機関が、民主制を揺るがせる重要な問題として森友、加計あるいは桜を見る会などを取り上げても、報道機関から受ける影響が最も小さい世代なのである。ちなみに、新聞通信調査会の調査では20代の講読率は30代に比べて10ポイント程度高いが、これは親と同居している者が多いためと思われる。実際に読んでいる割合は、前述のように無視できるような数値に留まる。

 四 「悪夢のような民主党政権」


 このように見ると、安倍が、悪夢のような民主党政権時代と繰り返し発言している背景がよく分かる。問題は、それが事実か否かではない。そのように認識している人々にそのイメージを思い起こさせることができれば良い。そして安倍が、後の世代への負債の先送りであっても、なりふりかまわず経済状況の取り繕いに執心するのも当然である。経済さえ好調であれば、新聞がどのように報じても読者は限られており、支持率に影響する度合いは低く、気にする必要はほとんどない。

 米国のトランプ支持者の中には、トランプの品のない言動を快く思っていない者も多い。それにもかかわらず支持するのは、トランプの経済政策がうまく機能しているように思われるためだが、日本の安倍支持の状況もこれとよく似ている。そして、その支持者にとって政治が民主的であることすなわち有権者の要望に応えることとは、とりあえずは好調に思われる経済状況を維持することに他ならず、政権の暴走を牽制することでは必ずしもない。問題はその好況が持続可能なものか否かだが、この点に関してはむしろ財界の方が真剣に捉えている。あえて言えば、若者よりも財界の方がリベラルである。 ただし自分たちに直截関わる問題が起きれば事情は異なる。北朝鮮のミサイル実験などが注目を集めると、関心が一挙に高まるが、それは安倍政権の支持に繋がってきた。この意味で、景気の減速以外で安倍にとっての最大の気がかりは、桜を見る会問題でも相次ぐ閣僚の不祥事でもなく新型肺炎への対応だろう。新型肺炎では、政府の初動のまずさが拡大を招き、特にクルーズ船の隔離が失敗だったと言われ始めており、さらに後援会の新年会に出るために感染症対策本部を閣僚が欠席したことなどが問題となっているが、これは福島原発事故に通じる点があるためである。ネット上では民主党の対応が間違っていたために原発事故が深刻化したと決めつける者が少なくなく、不況と並んで「悪夢のような民主党政権」を代表する失策とされることがある。安倍がネット上の批判を気にしてチャーター機を武漢に飛ばしたとされることは、安倍がこのような危機感を持っていることをよく示している。そしてこの問題が経済の減速を加速させ、すでに始まっている就職活動にまで影響を与えることになれば、若者の安倍批判は一挙に高まるだろう。この時、桜問題や閣僚の不祥事などは安倍不信を後押しする大きな事件となろう。

 おわりに


 日本はポピュリズムが表面化していないと言われることが多いが、私は必ずしもそうは思わない。自分にとって好ましいネット情報にのみ浸って他の視点を認識しない層が、一つの世代において絶対的多数派を形成していることは、まさにトランプ現象などの意味で使われるポピュリズムである。そもそも安倍政権が長期化したことそのものが、ポピュリズムが支配的になっている証明ではないか。それにもかかわらず顕在化していないように見えるのは、本誌で繰り返し指摘しているように、外交を問題にできていないこと、つまり与野党の対立が国内問題に留まり、特に先進国各国で問題となっている移民の受け入れなどが政治問題化していないためだろう。

 オリンピック後に予想されていた不況の到来が早まりそうだが、これは、新聞も本も読めない大学生が初めて迎える不況になる。しかも昨年の就職状況が売り手市場だったため、学生は安直に考えている。ところが、AI化により、情報を多面的に収集し、分析し、判断する能力がこれまで以上に求められる。加えて人手不足のために加速する無人化により、コンビニのアルバイトなどの職もなくなり始めるなど、就職状況が一変する可能性が高い。ここで彼らはどうするのか。新たな失われた世代が生まれる可能性もある。野党は、政治状況急変の可能性に加えて、この問題にも備えるべきだろう。 <