【進歩と改革2019年7月号】掲載


沖縄を無視するリベラル

 参議院選の日程が決まった。筆者は選挙のたびに外交を論点とすることの重要性を説いてきたが、残念ながら空振りが続いており、今回も問題になっていない。この間安倍一強体制が続いていることについては、この点でリベラルの責任も大きい。しかも今回は、むしろリベラル側が論点を曖昧する傾向がさらに強まっている。

 5月25日から28日にかけてトランプ大統領が来日し、27日に首脳会談を開催した。これを受けて、28日、各紙は一斉にこの問題を取り上げた。読売は日米同盟の深化を主張すると同時に、自動車への関税や数量規制への警戒を特に示した上で「自国第一主義の是正」と「北朝鮮制裁を維持」するよう訴え、産経は「『拉致』解決へ結束示した」と北朝鮮問題にもっぱら焦点をあてた。なお、他紙が社説全体を費やして日米首脳会談を取り上げたのに対して、産経は半分の字数に留めた。

 2002年以来続く右派のおなじみの主張だったが、これに対してリベラルが大きく異なる論点を示したわけではなかった。朝日は「もてなし外交の限界 対米追従より価値の基軸を」と、安倍と安倍外交を支えてきた谷内国家安全保障局長が、イラク戦争への支持や北朝鮮制裁を正当化するために掲げた価値外交を、そのまま容認した上に、貿易交渉をこの会談の「焦点」としたのである。価値外交を逆手にとって安倍を問うのでも、またリベラルが安倍に突きつけているはずの改憲、安保法制、沖縄などの外交問題を追求するのでもなく、単純に相手の主張に乗っただけだった。一方、これらの課題へは言及もされなかった。

 毎日も「米大統領への特別待遇 長期の国益にかなうのか」と題して同様に貿易や北朝鮮に焦点を当てたが、これらの中では唯一、「首相が培ったトランプ氏との信頼関係を他の政策課題に生かすこともできる。たとえば沖縄基地問題だ。……沖縄の意向を反映するよう腹を割って話し合うこともできよう」と言及した。

 玉城デニー沖縄県知事が就任直後に訪米して基地問題を訴えた際には、朝日は「日本政府はこの声にどう応えるのか。……対話に、政府は今度こそ誠実に向き合わなければならない」と主張していた(2018年11月13日付社説)。しかし現実に日本政府の首脳が米国首脳に直接に主張する機会を迎えた際には、朝日は沖縄に言及すらしなかったのである。本来、政治記者が最も取り上げなければならない政権の動き、つまり安倍や外務省が沖縄をどれほど重視または無視したのかも、触れられなかった。

 このような状況は参院選が近づいても変わらなかった。6月26日の国会閉幕を受けて、朝日は「論戦を封印した与党」を批判し、政府が外交を演出してはいるが内実はないとした上で、「国民の多くが関心を寄せる政策課題をめぐる議論に背を向けておきながら、憲法だけを取り上げて、野党の姿勢を批判するのはご都合主義の極み」と主張した(6月27日社説)。演出ではなく安倍外交そのものが問題だとは考えていなかった。論点をそらして論戦を封印したのはむしろ朝日だった。また、佐藤武嗣編集委員は「政権は外交を、内向きの政権浮揚や選挙に利用していないか」、「『外交の安倍』と言われるが主要課題は手詰まり感が漂う」とも評した(6月3日朝刊)。それまでは「成果」だったが最近は手詰まりと見ていたのである。

 このような主張は単に朝日のみに特徴的に見られるのではなく、政治家や有識者を含めたリベラル全般に及んでいる。このことは6月25日に衆院においてなされた枝野幸男立憲民主党代表の内閣不信任案の説明にも現れており、リベラルが自ら、広い意味での景気問題に課題を狭めている。これでは、それなりに良い経済状況が続く限り安倍への世論の支持は衰えないことになる一方で、参院選後、おそくとも20202年秋以降に予想される不況には、リーマン・ショック後の民主党政権の状況が繰り返されかねない。

 日本で国益が口にされる際にしばしば触れられることがある。幕末の日本は万国公法を信頼し、不平等条約の改正に努めようとしたが、岩倉具視らが米欧を訪問した際に、ビスマルクが「方今世界ノ各国、ミナ親睦礼儀ヲ以テ相交ルトハイヘトモ、是全ク表面ノ名義ニテ、其陰私ニ於テハ、強弱相凌キ、大小相侮ルノ情形ナリ」、「カノ所謂公法ハ、列国ノ権利ヲ保全スル典常トハイヘトモ、大国ノ利ヲ争フヤ、己ニ利アレハ、公法ヲ執ヘテ動カサス、若シ不利ナレハ、翻スニ兵威ヲ以テス、固リ常守アルナシ」と諭したことである(久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』(三)、岩波文庫、三二九項)。その後も国益に支配される非情な国際政治と誠実な日本外交との認識が広く伝えられてきた。これを今のリベラルも共有しており、その際には平然と沖縄は無視される。これを仕切直さなければ参院選の意味は半減する。