【進歩と改革2019年2月号】掲載


移民労働者保護条約



 はじめに

 1月8日、外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が成立した。この10日後の18日は国際移民デーだったが、話題にならなかった。これは、1990年12月18日に国連総会が全ての移民労働者及びその家族の権利の保護に関する国際条約を採択したことに基づき、2000年に総会が決めたものだったが、この条約が話題になることもなかった。今回はこの問題について簡単にまとめよう。

 1919年に創設された国際労働機関(ILO)は、早くから移民労働者の権利保護に取り組んだ。26年には、船中における移民監督の単純化に関する条約を採択し、内容が時代遅れになったことから2018年に廃止されたが、日本も1928年に批准した。9月号の「少子化と移民」で指摘したように、日本が積極的に余剰人口の海外移民を進める中でのことである。この移民政策は満蒙開拓団を経て、第二次世界大戦後もブラジル移民再開やドミニカ移民などにまで続くことになる。

 35年に採択されたのが、移民労働者とその家族の社会保険の権利を守るための移民年金権保全条約だった。これは八二年の社会保障権利維持条約により改正され、現在は事実上役割を果たしていないが、旧ユーゴ諸国は90年代以降に次々に批准している。

 39年には移民労働者の募集、職業紹介及び労働条件に関する条約とこれを補足する勧告も採択された。これは49年に改正され、52年に発効し、移民労働者に関する基本的な条約となり、「報酬(報酬の一部を成す家族手当)、労働時間、超過時間の措置、有給休暇、家庭労働に関する制限、雇傭のための最低年令、徒弟及び訓練、婦人労働並びに年少者労働」「労働組合の組合員資格及び団体交渉の利益の享受」「社会保障」などについて「自国民に適用するところに劣らない待遇を……国籍、人種、宗教又は性に関する差別なく、合法的に入移民に適用」することなどを規定した。先進国では独仏伊蘭、ニュージーランド、ノルウェー、英などが批准し、ヨーロッパでは当然のこととなっている。

 62年には社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約などが採択されるが、不正な労働力取引が多発したことから、75年、劣悪な条件の下にある移住並びに移民労働者の機会及び待遇の均等の促進に関する条約が採択された。この条約は2部に分かれ、第1部では劣悪な条件の下にある移住を、第2部では労働者とその家族の機会待遇の均等を取り上げ、「合法的に居住するすべての移民労働者の家族の同居を促進する」ことも規定した。先進国では伊、ノルウェーやスウェーデンなどが批准するが、日本は四九年条約とともに未批准である。

 ILOの動きをふまえ、78年、国連総会は「全ての移民労働者の状況の改善並びに人権及び尊厳の保証のための措置」決議を採択し、移民労働者条約起草の可能性に言及し、各国に見解の提出を求めた。日本は採択に賛成したが、見解は寄せなかった。

 七九年、総会は全ての加盟国が参加できる移民労働者条約起草作業部会を設置するが、ここでも日本は賛成した。西側で賛成したのは他にギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインだった。しかし80年に日本は棄権し、レーガン政権が成立した81年からは実質的な決議が出来なくなった。86年には米国のみが反対、ベルギー、加独英四カ国が棄権するなど対立が続いたが、90年に無投票で採択され、2003年に発効、044年には移民労働者の権利監視委員会も会合を始めた。加盟国は5五年ごとに条約の履行状況を報告することが義務づられている。現在では54カ国が批准するが、移民労働者を受け入れる側である先進国では批准した国はない。しかし、国連総会が作った人権条約の一つとして無視できないことは言うまでもない。

 2014四年の国際移民デーに際してILO事務局長と国連人権高等弁務官は次のような共同声明を発した。「農業、建設業、家事労働といった典型的に移民労働者を雇用する産業部門の多くにしばしば労働法が適用されていない」「法、社会、政治の障壁が移民のような人口を構成する特定の集団全体の貢献を妨げる時、どんな社会もその真の潜在力を発揮できません」。

 国連総会がこの条約の検討を始めたのは、日本がそれまでの海外への移民推進を転換した直後だった。その頃日本は賛成していたが、日本社会は、日本人移民が受けた差別などを問題にすることが少なかった。これに対して、バブル経済の中で労働力不足が顕在化し、これを補うために技能研修を始めた年、すなわち日本社会が移民労働者に過酷な仕打ちをする側になる時が、条約の成立だったが、日本は無視した。

 2019年はILO創設100周年、改正移民労働者条約70周年を迎える。その記念すべき年に日本は、条約を無視した状態で外国人労働者の受け入れを拡大する。象徴的な事態である。