【進歩と改革2019年10月号】掲載


姉妹都市と表現の不自由

 「あいちトリエンナーレ」の企画展、「表現の不自由展・その後」にいわゆる従軍慰安婦を題材にした像などが出品された。しかし、脅迫などが相次いだことに加えて、初日の8月1日に菅義偉官房長官が補助金交付の是非を検討する旨を表明し、2日には河村たかし名古屋市長が中止を求め、3日、大村秀章愛知県知事は企画展の中止を決めた。7日には、吉村洋文大阪府知事が大村知事を辞職相当と批判した。

 この中止と政治家による圧力に対して、表現の自由や行政による検閲を批判する声が多く出されている。当然の批判だが、私は違和感も感じる。第1に、菅らに言わせればそのような主張の方が論理的に破綻しており、第2に選挙で課題とならなかったことである。

 彼らの言に従えばこうなる。従軍慰安婦問題は学術的に証明された虚偽である。言論の自由は守られなければならないが、虚偽の主張やデマの流布は批判され、抑制されなければならない。

 彼らはこれを行動に移してきた。2001年に政権に就いた小泉純一郎は靖国参拝を続けるが、これに対して米国社会の批判が強まり、連邦議会が非難決議の採択に至ると、この批判は誤解に基づいているとして、右派の政治家などが07年6月14日付けのワシントンポストに意見広告を掲載した。衆院議員だった河村も名を連ねた。

 この背景にあったのが、93年に非自民の細川内閣が成立し、さらに94年には社会党委員長だった村山富市が首相に就いたことに対する右派の危機感と、その後の行動だった。自民党の右派議員が「歴史・検討委員会」を設置し、95年に、後の「新しい教科書をつくる会」につながる「自由主義史観」研究会が発足し、01年に「つくる会」の歴史教科書が検定に合格した。

 これらの動きの中で特に標的となったのが南京虐殺や従軍慰安婦だったが、河村らにしてみれば、これらの問題はこうした一連の取り組みにより、虚偽であることが証明されたことになる。

 河村は09年に名古屋市長に当選するが、12年2月に姉妹都市である南京共産党市委員会の常務委員ら一行の表敬訪問を受けた際、「南京事件というのはなかったのではないか」と発言し、南京との関係が悪化する。

 14年8月、朝日新聞がかつて掲載した慰安婦記事の取り消しを発表すると、この「証明」はさらに確固たるものになった。その上で、15年12月に大阪市長となった吉村洋文は、17年2月、姉妹都市であるサンフランシスコで新たに慰安婦像の設置に向けた動きがあることを批判する書簡を送った。大阪はサンフランシスコが姉妹都市の協定を結んだ最初の都市で、17年は姉妹都市60周年の年だった。

 この像の作成を主導したのは、上海に生まれ、第2次大戦中に米国へ移民し、サンフランシスコ上級裁判所判事などを32年に渡って務めたリリアン・シンと、やはり25年間に渡って上級裁判所判事などを務めたジュリー・タンだった。中国政府の影響を受けた動きではなく、アジア系コミュニティーに留まらない幅広い支持を得てきた人物を中心とした活動だった。

 しかし山田総領事は、「現在の慰安婦記念運動の目的は、信頼できる証拠を示すことなく、ある一方的な解釈に固執して実際の像の形にしようとすること」と投書した(サンフランシスコ・クロニクル、17年9月21日)。

 このような中で、像の完成後は損傷が相次いだ。碑文に傷が付けられ、交換後にも繰り返され、ペンキがかけられるなど、市の芸術委員会は対応に追われた(同紙18年8月28日)。

 サンフランシスコ市長や姉妹都市協会関係者は、自治体の民間交流を一市長の政治判断で損なうべきではない等と訴えたが、吉村は18年10月2日付け書簡で姉妹都市の解消を通告し、両市の「信頼関係というのは完全に破壊された」(18年10月25日、大阪市議会定例会)と断じた。

 こうした言葉遣いは、安倍政権の韓国に対する貿易措置と類似する。これは彼らのイデオロギーだが、それだけではなく、彼らにとって証明された事実だからこその断言である。

 問題は、河村や吉村がその後の選挙で支持されていることである。河村は再選を重ね、17年に4選を果たした。吉村は、19年の統一地方選に併せて松井一郎大阪府知事と入れ替える選挙を行い、対立候補の2倍近い得票を得て圧勝し、松井も20万票近い差をつけて市長に当選した。しかも、選挙が行われたのは姉妹都市解消の半年後だったが、選挙の争点にはならなかった。

 政治課題として取り上げる努力がなければ問題自体が消えてしまう。加えて、日本の外に向けてこのような動きがある場合には関心が薄くなるが、日本社会の表現の自由、つまり自分の権利が脅かされる敏感に反応するのならば、そのこと自体が民族主義的でもある。8月号で参院選で外交が問われていないことを問題にしたが、右派同様リベラルも内向きではないか。