【進歩と改革2018年8月号】掲載


日朝会談への課題



 米朝会談を受けて日本社会に広がったのはとまどいだった。右派は、「『和平』ムード先行を警戒したい」、「圧力の維持が必要」(読売、6月13日社説)、「歴史的会談は、大きな成果を得られないまま終わった」「『前のめり』は戒めたい」(産経、6月13日主張)などと、日米関係を重視すると同時に北朝鮮への圧力強化を主張してきただけにその米国が北朝鮮との和解を進めたことに困惑を露わにした。中でも、「米韓軍事演習の中止や在韓米軍の将来の削減に言及したこと」を、「和平に前のめりなあまり、譲歩が過ぎる」(読売、6月13日)、「合同演習の『中止』 米政権に翻意働きかけを」(産経、6月15日)と、トランプが日米韓合同軍事演習の中止に言及したことを批判した。

 このとまどいはリベラル、中立系のメディアでも変わらない。朝日は、「(非核化を明記しなかった一方で、期待を口にするトランプの)軽々しさには驚かされるとともに深い不安を覚える」(6月13日社説)と述べ、毎日は「首脳会談は『政治ショー』の色彩がつきまとった」、「トランプ流の危うさ」(6月13日社説)と評した。

 もちろん、トランプの姿勢には指摘されるような不安定な面がある。だからこそ、トランプの思惑がどのようなものであるにせよ、その気まぐれが事態の進展に悪影響を与えないように、ムン・ジェイン大統領の努力により始まったこの動きをより確実なものにすることが何よりも重要になる。

 ところが、毎日は「南北の共同歩調  終戦宣言ありきでは困る」、「肝心の非核化がなおざりになっては本末転倒だ。文大統領には改めて慎重な取り組みを求めたい」(6月6日社説)とまで言ってしまう。改めて言うまでもないが、朝鮮戦争では、今なお判然としない面が多いが、韓国市民数百万人が犠牲になり、米軍も3万7千人の戦死者を出し、北朝鮮と中国も数十万から数百万人が死亡した。その当事者が、どのような背景を抱えるにせよ対話に動いている中で、その戦争でほとんど被害を受けなかったばかりか、敗戦の痛手から復興した特需として捉えている日本で、穏健派であるはずの新聞がこのように主張してしまう。

 朝毎は国益も高らかに主張する。4月18日の日米首脳会談から2か月も経たないうちに、日本は米国に首脳会談を要求し、6月8日に会談を行ったが、これについて朝日は、「米国に従うだけで、日本の利益は守れない」と評し、毎日に至っては「将来統一された場合、反日感情が残る国が誕生することは日本の国益に合致しない」(ともに6月9日社説)とまで言ってしまう。たとえこれが、現在の日本社会が平然と国益を口にし、反日なる言葉も安易に飛び交うようになっていることを念頭に置いて書かれたものであるにせよ、判断基準がもはや国益にしかないことを露わにした。現在の米国に当てはめれば、リベラルまでもが声高にアメリカ・ファーストを叫んでいるようなものだった。

 1928年8月27日、戦争放棄を謳った不戦条約が締結された。この8月はその90回目の記念日となる。この条約を推進した米国は日本にも参加を呼びかけたが、日本では、いわゆる満蒙の特殊権益への影響と、この条約が「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言ス」るとしていたことが天皇の大権を侵犯するとして問題になった。これに対して田中義一首相は「北満州ニ於テ治安ガ攪亂ヲセラレルト云フコトデアレバ、日本ハ此自衛権ノ発動ニ依ッテ必要ナル處置ハ執リ得ル、斯様ナ場合ニ不戦条約ノ拘束ハ受ケヌ」(1929年1月29日帝国議会貴族院)と答弁し、満州における軍事行動を自衛権と称して条約の適用外とした。なおこの頃、日本はなお山東出兵を続けていた。また「其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ」は日本には適用されないと宣言して、29年6月27日に批准した。15カ国の署名国の最後だった。

 国際連盟では不戦条約の内容を国際連盟規約に盛り込む改正が審議されるが、日本はここでも「自衛権の行使にはいかなる影響も持たない」("League of Nations Official Journal, Vol. 12, p.1776)と言い続けた。この書簡は31年6月6日付だが、その3か月余り後には関東軍が柳条湖事件を起こす。日本は、これを国益を守るための自衛戦と言い続け、後付でアジア解放なる理屈を付加する。

 朝日は、「積極的に構想する外交力が問われている。……中韓ロとの連携を深め、建設的な関与を探らねばならない」(朝日6月13日社説)などと主張する。しかし安倍外交を支えてきた外務省に何を構想させるのか。「トランプ流の危うさ」があるからこそ、日本外交が負の影響を与えるようなことなどあってはならない。安倍外交を検証もせずに国益を口にする新聞が唯一の被爆国などの言葉を用いてこのように主張することは、80年前の日本にも通じるのではないか。