【進歩と改革2017年9月号】掲載


安倍政権の都議選惨敗の意味



 都議選の惨敗に続いて仙台市長選でも自民が敗れ、安倍の終わりが始まった。しかしそれはリベラルの勝利ではない。都議選でも如実に示されたように、リベラル自体は20年間に渡って後退を続けている。特に護憲派は、政治矛盾が表面化して政治への関心が高まる度にほぼ一貫して縮小している。

 念のために整理する。1998年に自社さ連立政権が崩壊し、01年に小泉政権が成立し、高い支持率を背景に長期政権となった。また99年に石原慎太郎都知事、02年に中田宏横浜市長などが相次いで誕生する。小泉後は自民の短命政権が続くが、この中で08年に橋下徹大阪府知事、09年に河村たかし名古屋市長が生まれ、外交政策や憲法政策では自民党穏健派以上に右派的な維新の会や減税日本などを立ち上げた。憲法や歴史認識に関して極右的な政治家が、70年代の革新自治体の勃興を象徴し、人口面で上位4位に位置する巨大自治体を独占し、草の根から改憲派が拡大したのである。

 そうした動きを逆転させる可能性があったのが民主党政権だったが、その崩壊は安倍1強を生み出したのみならず、地域政党だった維新を国会第3党に押し出した。その安倍政権が揺らぐ中で生まれたのが都民ファーストの会だが、欧米において民族主義の象徴として使われている言葉が反安倍の象徴となる奇妙な事態となった。

 右派は、安倍が掲げる政策の中でもTPPや軍事対応の拡大を国際主義として擁護する一方で、それらへの批判をポピュリズムと位置づけて批判している。ヨーロッパ政治の座標軸なら本来の安倍の姿勢はルペンなどの極右を越えるネオナチと呼ぶべきだが、それを国際主義と評価することで安倍の姿勢を正当化してきたのである。しかし小池都知事はその論理に自ら乗っかり、自治体選挙だからこそにしても、欧米で懸念が抱かれる言葉を採用した。安倍に対する自らの位置づけだった。

 逆に見れば、安倍の失策はあくまでも自らの奢りにあり、外交や安全保障は支持されていることを、この言葉は示している。右派自身もこれを自覚しており、例えば後藤田正純自民党副幹事長は、都議選の翌日、自らのフェイス・ブックに「都議選の応援……の際、私は必ず最初に安倍政権、自由民主党についての、現在の問題点と反省を包み隠さず述べて、その後には、外交や安全保障、経済や金融などの、安倍政権の成果に理解を求める演説をしてき」たと書き込んだ。外交と景気対策こそが安倍政権の成果であり、批判への抗弁として機能したのである。読売も「不信感の払拭には、説明責任を果たしつつ、外交や経済政策で着実に成果を」と社説で訴え(7月4日)、産経も「閉会中審査 なぜ「北朝鮮」を論じない」、「今こそ国際情勢や安保関連法を踏まえ、日本を守る防衛、外交政策を論じるとき」(7月10日)と、加計問題などから外交へ論点を移そうとしている。読売は、7〜9日にかけて行った世論調査の最後の設問で唐突に北朝鮮への対応を尋ねたが、圧力を重視する者が51%に達した。

 ただし、安倍の景気対策は政治的には田中派やリベラルの主張に近く、本来の安倍の志向とは必ずしも相容れない。成果についても懸念が多く、財界系のエコノミストの評価も高くはない。だからこそ、右派の国際政治学者、櫻田淳が「特に対外政策を大過なく展開させてきた内閣が「森友・加計」学園のような内治案件で失速するのは、いかにも「もったいない」」(産経、7月24日)と言うように、外交こそが安倍政権の成果とされることになる。

 ところが、安倍政権下で賛否を分けてきた安保法制、共謀罪、自衛隊日報、核兵器禁止条約不参加、国連人権特別報告者、沖縄などの問題は、外交問題の内政上の対応とされており、これら全てに関わる官庁こそ外務省である。朝日は民主党政権を官僚を使いこなすことも出来ない未熟な政権と非難したが(2010年5月29日社説)、安倍政権はこれとは逆に外務官僚を使いこなし、また外務官僚も首相との密接な関係を誇り、それがこれらの問題を導いてきた。そうである以上、外交こそが安倍批判の焦点になるべである。

 この間の激しい票の動き方が示すように、人々の政治への関心は低くない。また、都民ファーストへの国政進出の期待が必ずしも高くないことが示すように、維新以来の経緯を世論は理解している。そのような中で安倍の外交政策が支持されているとすれば、その原因は適切に問題提示をしていないリベラルの政治家、報道、学者にある。

 社会党は、どこまで生かせていたかはともかくも、社会主義インターを通じた国際的な展開を持っていた。その弱体化と「地域」政党の乱立は、安倍が国際派を名乗り得る背景を物語る。

 安倍末期に直面しながら、リベラルが外交課題を提示しないのであれば、それはむしろ政治不信を強め、改憲派勢力の伸張を促すことにもなる。我々はその分かれ目に立っている。