【進歩と改革2017年7月号】掲載


共謀罪と国連犯罪防止委員会



 5月23日、「共謀罪」法案が衆院を通過した。しかし、政府が国際組織犯罪防止条約を批准するための法整備と説明しながら、この条約を議論した国連犯罪防止刑事司法委員会は問題とされない。この委員会には日弁連がNGOとして関わり、十分な情報を持っていることから、筆者が取り上げるまでもないと考えていたのだが。参院の審議に時間がかかることも予想されるので、念のために紹介する。

 この委員会は、1992年、国際犯罪と戦うための国際行動や刑事司法行政の実効性と公正性の改善などの基本政策の立案を任務として設立された。94年、「国際組織犯罪に関する閣僚級世界会議」が開催され、その宣言に基づいてこの委員会が審議を進め、その原案に基づいて99年に条約起草交渉が始まり、2000年に国連総会が、今回の法案の理由付けとされている国際組織犯罪防止条約を採択した。

 この委員会の委員国数は40か国で任期は3年だが、日本は継続して委員を務めており、政府も「積極的に…国際組織犯罪対策に関する検討に参加する」と表明している。日本はこの条約作成に全面的に関与してきたのである。

 97年、5年ごとに開催される国連犯罪防止刑事司法会議に向けて日本が意見書を提出した。日本が重視したのは議題の精選である。これは国際会議で日本がしばしば主張することで、本音としては、国連関係の会議の活動範囲が広がること、ひいては国連の役割の増大を避けようとしたのである。

 その中で具体的に述べた事柄が、組織犯罪とテロ犯罪の関連づけで、日本は「両者の間には動機、背景、参加者及び攻撃形態など多くの面で違いがある。従って、この二つの犯罪が密接に関係しているとみなすことも、共通の対抗措置を検討することも不適切」と主張し、代わって「犯罪人の引き渡し及び刑事問題における相互援助の推進を議題に入れることを提案」した(E/CN.15/1997/2, para.32)。共謀罪の審議では、金子法相はたびたび「組織犯罪を防止する、その中のメーンがテロの防止」(4月10日、衆院決算行政監視委員会)等と繰り返したが、これは日本が批判していたことだった。その後も、「『組織的国際犯罪』、あるいは、『国際的』または『組織的』性格を正確に定義することはきわめて難しい」と繰り返した(E/1998/30, Appendix IV)。

 国際基準の作成やその推進に反対することは国連で見慣れた日本政府の姿だが、当然に犯罪防止においても発揮される。刑事司法行政の最低限の国連規範の発展が議論される際には、日本は支持できないと表明し、このための専門家委員会の招聘にも、当初見解を寄せた11カ国の中で唯一、反対した。国連がマニュアルやハンドブックを作成することについても、「国によって立法機関及び状況が多様である」ことを理由に批判する。事務総長の報告は「日本を除く、見解を寄せた全ての国が歓迎した」と記すことになる(E/CN.15/1998/8, para.28)。

 具体的な問題についても同様である。女性に対する暴力の廃絶に関しては、性差別対応の先進国である北欧諸国も開発途上国も支持する中で、日本は、「女性に対する暴力のみに適用される実質的または手続的な立法を勧告することは、実現可能ではない。このような法律は法の下の平等と矛盾し、日本は支持できない」と、女性に対する暴力の廃絶宣言への言及の削除を含む多くの修正を提案した(E/CN.15/1997/11, para.20)。

 「子どもの人身売買の防止措置」に関しても、日本は「他の人権条約と重複」と批判する。犯罪防止刑事司法委員会の報告は、「日本を除く全ての国が、…子どもの売買、売春、ポルノに関する子どもの権利条約追加議定書の草案の検討を…原則として支持した」記した(E/CN.15/1997/12, para.6)。日本で児童売春・ポルノ禁止法が成立するのは九九年、またドメスティック・バイオレンス防止法が成立するのは2001一年のことである。

 社会復帰についても「日本だけ」が国際規範に反対し、修正を求め(E/CN.15/2002/5, paras.23, 36,43,44)、未成年の犯罪についても「様々な国々の司法システムの多様性そしてその社会的文化的背景が正当に考慮されるべきである」(E/CN.15/1997/13, para18)と、その姿勢を変えない。欧州の間で悪名高い死刑については、中国やイスラム諸国などの理念を共有する国々と共同戦線を張るだけに、これらの問題における特異性がより際だつ。

 世界中の国が集う国連で多様性が配慮されるのは当然で、日本政府はこの言葉に隠れて日本の国内法に対する影響を減じようとしたのである。国際規範の推進を犠牲にしてでも。もちろん、条約が成立しても日本政府は簡単には応じない。ただし、政府にとって都合の良い法律を成立させるためであれば、掌を返して条約が求める義務だと国民に説明する。共謀罪はその典型である。