【進歩と改革2017年3月号】掲載


トランプと重なる日本左派



 トランプが大統領に就任した。彼と日本左派の主張が類似していることをたびたび指摘してきたが、今回は進歩的とされる『世界』誌を例に考える。

 トランプは早速TPP離脱を表明したが、『世界』は2011年4月号で「TPP批判」を特集し、岡本厚編集長(現岩波書店社長)は次のように書いた。「小沢幹事長が……北京を訪問したり、鳩山首相が普天間基地の移転先を『最低でも県外』と主張したことなどが、米“安保マフィア”を刺激したことは十分予想できる。……菅政権は、米“安保マフィア”と官僚と財界とメディアにひたすら従順である。大転換の旗は密かにたたまれ、それまで聞いたこともないTPPなど、異様な旗が立てられた。」(編集後記)

 この特集でTPPの基本を解説したのは、経産省出身で当時京都大学助教の中野剛志で、TPPは「シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの四カ国の間で締結された自由貿易協定を広く環太平洋地域の諸国に拡大しようというもの」だが、TPPは「『アメリカの、アメリカによる、アメリカのための』貿易協定に過ぎ」ないとし、「日本はすでに十分に開かれた国」だが、「TPPで自由化を求められる分野は…人の移動も含みます。…海外から低賃金の労働力が流入すれば、国内の実質賃金は下がり、デフレは悪化し、失業者は増大する」と説いた。

 つまり、日本の現状に問題はないが、大国に対しても小国に対しても発言力はないと評価した上で、米国の行動に不信を表明しているのである。岡本が特に安全保障の面から米国の暗部を強調し、「それまで聞いたこともないTPP」と貿易に関する試みも小国が主導している限りは認知すらしていなかったことを表明していることと通じる主張である。さらに中野は、国内の社会的弱者の立場から人の移動の自由化に反対しているが、これはまさにトランプやヨーロッパの極右勢力と重なる。

 米国陰謀論が『世界』に掲載されることは珍しくなく、日中間の領土問題も例外ではない。豊下楢彦は「『尖閣購入』問題の陥穽」(2012年8月号)で断言する。「尖閣諸島の帰属問題で米国が『あいまい』戦略をとり、日本と中国が激しく相争っている状況は、結局のところ、米国の掌の上で両国がもてあそばれている姿に他ならない。…今日の日本のあり方は端的に言えば、中国の『横暴さ』と米国の『無責任さ』との間で翻弄されている状態」。日本が尖閣(中国名、釣魚島)領有を宣言したのが日清戦争の最中だったことも、その施政権が日本に移った後はこの問題があることすら日本左派が認識していなかったことも、豊下は顧みない。彼にとっての日本は、横暴な中国と無責任な米国の間で翻弄される非力で哀れな存在でしかない。

 もちろん、中国や台湾ではこれは長年敏感な問題であり続けていた。96年7月に日本の右翼団体「日本青年社」が上陸して「灯台」を建設した際には台湾や香港では大きな反発が起き、活動家が上陸して中華人民共和国国旗と中華民国国旗を掲げた。台北市内でも両国旗を掲げたデモが発生した。

 これに危機感を抱いたのが台湾独立派だった。3月に台湾史上初の総統直接選挙が行われたが、独立派の動きを警戒した中国は投票の二週間前に台湾海峡に向けてミサイル演習を行うなど、力で押さえ込む露骨な姿勢を示していた。そのような中で独立派の李登輝が当選したばかりだったが、その台北市内で両国旗が掲げられたのである。

 独立派の国際法学者許慶雄は、日本青年社は、麻薬や銃の売買で中国と行き来している暴力団住吉会系の組織であり、台湾の愛国心を刺激して独立派の妨害を企図する中国政府が裏で関与していると推測した(『亜洲週刊』96年10月14日―21日号)。

 この推測を荒唐無稽と嗤うことは出来ない。台湾人が、中国の軍事侵攻を現実のものとして恐れていたにもかかわらず、日本から釣魚島を取り戻そうとする保釣運動が、中台間の溝を一挙に埋めてしまったように見えたのだから。少なくとも、岡本や豊下の米国陰謀論よりも許の中国陰謀論の方が遙かに合理的で説得力がある。彼らの米国陰謀論はそれほどに雑なのである。

 日本左派と右派の外交認識に違いがないことは、論者の重複にも示されている。外務官僚だった佐藤優はあらゆるメディアに登場するが、自ら『正論』から『世界』にまで寄稿していることを書いている(『自壊する帝国』2006年、新潮社)。2013年3月発行の『世界』別冊に「民主党外交はなぜ失敗したのか」を寄稿しつつ、2月28日に名古屋「正論」懇話会で日本外交について講演することも珍しくない。もちろん佐藤が傑出した書き手だからだが、何よりも『正論』と『世界』の間に意見の違いがないのである。

 移民や難民受け入れの制限を求める欧米極右から見れば、今の日本は彼らの理想である。左派が欧米の極右と同様の主張をして怪しまない社会なのだから、当然だが。それほどずれている。