【進歩と改革2017年2月号】掲載


パールハーバー訪問の背景



 12月5日、安倍首相が突然パールハーバーを訪問すると発表した。1941年12月に日本が奇襲攻撃をした際に沈没した戦艦アリゾナの上に作られている記念館を27日にオバマ大統領とともに訪問する予定であることが示された。11月20日のAPECでオバマに意向を表明したと伝えられる。

 これについて、朝日は「首相は4年前に再登板してから、『戦後』との決別を試みてきた」と評し、2015年8月の戦後70年談話、9月の安保法、12月の韓国との慰安婦問題合意などを挙げて、首相の、過去にとらわれない「未来志向」、左への支持拡大の意志などを指摘する(12月24日付朝刊)と同時に、13年12月に安倍が靖国を参拝したことに危機感を抱いたオバマが、日本の歴史認識問題に対して融和努力を続けてきたことを紹介した(25日付朝刊)。

 しかし重要な論点が見落とされていないか。安倍が戦後との決別を志向していることは確かである。ただし、第一次政権においては教育基本法の改定や慰安婦に関する河野談話の見直しなどによってそれを達成しようとし、左への支持拡大とは正反対で、第2次でも靖国に参拝するなど方向は変わらなかった。安倍は、日本軍国主義に対する民主化措置や反省を覆すことで戦後と「決別」しようとしていたのである。

 このような姿勢に対して、米国を含む国際社会は批判を強めた。このためもあって安倍政権1期目は1年で破綻し、2期目の発足に際しても特に米国保守派が強い懸念を示し、靖国参拝には米国政府も失望を表明した。

 ところが安倍周辺はそれでもなお事態を理解していなかった。萩生田光一・自民党総裁特別補佐は、14年1月17日の自民党青年局での講演で、「共和党政権の時代にこんな揚げ足をとったことはない。民主党政権だから、オバマ大統領だから言っている」と述べたのに続き、衛藤晟一・首相補佐官が「米国が『失望』と言ったことに我々のほうが失望だ」と動画サイトに投稿するなど、安倍周辺からは強い反発が示された。安倍も、安倍が信頼を寄せてその周辺に配置した政治家も、ともに問題を理解していなかった。

 その萩生田は15年10月より官房副長官となり、衛藤も補佐官を継続している。13年当時、規制改革担当大臣を務めていた歴史認識問題での強硬派である稲田朋美も防衛大臣を務めるなど、政治家に関してはその後も首相周辺の状況に大きな変化はない。それにもかかわらず、安倍が目指す戦後との決別は、左に支持を広げるとも言われる方向に大きく変化したことになる。

 では何があったのか。ここで注目したいのが国家安全保障会議(NSC)である。14年1月、つまり安倍の靖国参拝により日米関係をも悪化させた直後に発足した組織で、政府の安全保障政策の要である。初代局長となったのは、第1次政権において外務事務次官を務め、第2次においても内閣官房参与となり、安倍の外交顧問等と評される谷内正太郎だった。

 NSCの位置づけは安倍と谷内の面会頻度によく現れている。朝日の首相動静を集計すると、谷内はそれまでも内閣官房参与として月に1、2回程度首相と会っていたが

、NSC発足後は平均月7回と、頻繁に安倍と面会している。2週間ごとに集まる首相(副総理)、外相、防衛相、官房長官による「4大臣会合」の進行も務め、日韓慰安婦合意の際には特に谷内の役割が大きく、日韓双方から「谷内プロジェクト」とは呼ばれたとも言われる。日ロ首脳会談においても、日常的な安倍との接触に加えて直接モスクワに赴き、中心的な役割を演じている。

 従来、首相が独自の外交姿勢をとろうとすると外務省が足を引っ張ることが多く、二元外交などと批判的に評されることも少なくなかった。また強力なNSCが生まれたことにより、官僚機構としての整合性が損なわれていることは否定できない。しかし、谷内とNSCに関しては外務との連携が強く、他の官庁では見られない頻度で外務官僚が頻繁に官邸に呼ばれており、谷内も事務次官、審議官、総合外交政策局長らと同席することが多い。70年談話や安保法制などでは元外務官僚が内閣法制局長官や諮問委員会に起用されて積極的な役割を演じており、昨年8月号で指摘したように安倍の下で定員増を実現していることなども手伝い、大きな軋轢は生じていないようである。

 結果的に、NSCと外務省が一四年以降の安倍の対外的姿勢を比較的合理的なものにしていると言えよう。特に70年談話では、有識者会議座長代理を務めた北岡伸一元国連大使が侵略戦争と言ってほしいと安倍に求めた。皮肉なことに、安倍は、本来は彼の本意ではない対外政策と同様に意に添わない財政出動型の経済政策をとったことにより高い支持を得ていることになる。

 ところが左派は対米追従と繰り返すに留まっている。これでは適切な批判にはならない。問題は、ここにある。