【進歩と改革2016年8月号】掲載


外務省の定員増と安倍政権



 改憲、沖縄、安保などについて、筆者は外務省の役割を繰り返し指摘してきたが、参院選でも論点になっていない。今回はこれを職員数の面から見る。

 1967年より国家公務員の計画削減が始められ、69年には「行政機関の職員の定員に関する法律」が制定された。沖縄復帰により90万人を超えたが、これを頂点に削減が続けられ、中曽根政権下で特に現業部門の削減が進められた。橋本政権下では中央省庁が再編され、小泉政権の「聖域なき構造改革」などを経て、2014四年には33万1984人と決められた。

 一方、戦前は5000人の職員数を誇った外務省は、52年の独立回復時には1500人へ減じた。しかしその後は一貫して増加し、96年には5000人体制に復帰した。外務省は公務員数削減の例外であり続けたのである。

 これは80年代以降の行革の中でも変わらなかった。第3次行革審が91年に提出した第1次答申は「外務省の体制等の整備・拡充」を求め、以降5年間、毎年100人以上の定員増加を実現した。湾岸戦争時の国際貢献論などの中で、外務省はいわば焼け太った。

 その後、中央省庁の行革が具体化するが、97年5月に外務省が自ら示した改革方策は、「外務省が果たすべき役割も飛躍的に多様化し増大している(が)…実施体制が十分ではない」と、行革対象となることを拒否し、逆に拡大を求めた。最終的に1府22省庁を1府12省庁へ再編する大規模な行革にもかかわらず、政治、報道、学者等も外務省に関心を示さず、議論すらほとんどなされないまま、生き延びた。

 再編施行を5日後に控えた2001年元日、外務職員の機密費横領事件が発覚し、外務省は強い批判を浴びる。4月には、外務省の年来の願望である常任入りに慎重な姿勢をとる小泉純一郎が首相となり、田中真紀子を外相に据え、定員増もペースを落とす。さらに02年6月に米国の外交文書公開により72年の沖縄返還に関わる密約問題が再燃し、06年2月には吉野文六元アメリカ局長が密約に関して証言するなど、外務省の信頼は地に落ちた。

 しかし、第1次安倍政権で50人を超える増員を果たし、06年11月には自民党の「外交力強化に関する特命委員会」が「今後10年間での定員2000人増」や「美しい国、日本」の発信を求めた。70年以降の平均増員数は年に71人だったが、そのペースを3倍近くに上げるというのである。この委員会発足時、記者から問われた事務次官は「今までは…厳しい方向からの改革」だったので「大変有り難い」と答えた。安倍は1年で退陣するが外務省の増員は続き、福田政権で99人、麻生政権で100人が増加した。行革問題では議論すらされなかった外務省が、実は大きな問題を抱えていることが垣間見えたにもかかわらず、外務官僚の動きは問い直されなかった。

 これに立ちはだかったのが民主党政権で、ついに13年度には職員定員が初の純減に至った。密約の存在も認め、韓国に朝鮮王朝儀軌等の図書を譲渡するなど、従来の日本外交には見られなかった姿勢を示すが、その一方で普天間基地移設や尖閣諸島などの外交問題を躓きの石として、政権を追われた。

 第2次安倍政権は、第1次の際に外務事務次官だった谷内正太郎を内閣官房参与に任じ、集団的自衛権の憲法解釈を変えるために、13年8月、第1次の際に国際法局長だった小松一郎駐仏大使を内閣法制局長官に押し込み、14年1月には国家安全保障局を新設し谷内を初代局長に据えた。

 谷内はその就任時点で70歳を超えており、外務省は省外に新たな要職を定年後のポストとして手に入れたことになる。自民党が外交力強化に関する特命委員会を設置した際に歓迎した次官も谷内だった。この委員会の発足と報告のとりまとめに関わった谷内は、いわば外務省中興の祖となった。

 ところが、外務職員の増強は与野党を問わず唱えられ続けている。自民党の宇都隆史が「谷内局長のような方をたくさん今のうちから育成していただきたい」(14年3月12日、衆院予算委員会)と訴え、自民、みんなの党、維新、民進等を渡り歩いた小熊慎司が「あと2000名、三千名ぐらい増員を」(一三年一一月六日、衆院外務委員会)求めるだけではない。社会党などは公務員削減に反対し、増加に寛大だったが、外務省が安倍を支えていることがはっきりした中でも、基地反対運動の先頭に立つ沖縄社会大衆党委員長の糸数慶子が、「人的体制の強化が不可欠」と質問してしまうのである(15年4月7日、参院外交防衛委員会)。

 その一方で、外務省と対立した田中真紀子は外相失格の烙印を押され、民主党政権への批判も消えない。

 参院選でも共産党が「憲法9条にたった平和の外交戦略」を訴えるが、その実施体制には言及しない。まさか、外務省の勢力拡大と安倍政治が密接に結びついていることにわざと目を向けない、隠された本音があるのだろうか。