【進歩と改革2016年12月号】掲載


ユネスコへの滞納



 国連発足を記念する10月24日の国連デーを控えた10月13日、自民党外交・経済連携本部・国際情報検討委員会合同会議で、下川真樹太・外務省国際文化交流審議官が、ユネスコ分担金を「今年はまだ支払っていない」ことを明らかにした。事前に告知された議題ではなく、自民党の会議記録によれば、「その他(ユネスコ「世界の記憶」等)」の中でのことだった。

 分担金問題やユネスコ改革については、すでに『国連と日本』(岩波新書、1994)、『国連政策』(日本経済評論社、2004)、『日本の外交は国民に何を隠しているのか』(集英社新書、2006)などで論じてきたように、従来から日本は国連分担金の支払いが遅く、慢性的に滞納しており、特にイラク戦争が起きた2003年には14か月に及ぶ滞納を続けた。ただし、あくまでも技術的な原因による支払いの遅れ等と説明し、さらには年内に支払っていれば滞納には当たらないと強弁し、滞納を認めることはなかった。それが滞納の容認に変化したわけだが、他にも多くの問題がある。

 第1に、「南京大虐殺の記録」が記憶遺産に登録されたことに対して、1年前から不払いを示唆する官邸の動きがあり、自民党関係部会も「ユネスコへの分担金・拠出金の停止、支払保留等、ユネスコとの関係を早急に見直すべき」と決議した中でなされたことである。従来の滞納は外務省の主導で行われており、露骨な言い方をすれば国際機関で大きな顔をしたい外務官僚が弄する小細工だったが、今回は政治的な意志が露骨に現れている。

 第2に、かつてソ連が国連分担金、特にPKO経費を滞納していた際には、日本は加盟国の義務を果たさないことを強く非難していたが、そのような発言が全く顧みられていないことである。

 第3に、歴史認識、さらに言えば日本軍国主義に関するイデオロギーをめぐる滞納であることである。ソ連のPKO経費の滞納は原因を作った国が支払うべきとするものでそれなりに合理的な意味があった。また八四年末をもってUNESCOの政治化を批判して脱退し、03年10月に再加盟しながら今も滞納を続ける米国が特にパレスチナ問題を重視していることも、その是非はともかく、現実の重要な政治課題に関することであり、他国から見てまだ理解しやすい。しかし、20世紀の人類史を変え、国連創設の動機となった日本軍国主義への認識をめぐる滞納は、パレスチナ問題に対する米国の姿勢の理不尽さ以上に説明が出来ない。

 第4に、それにもかかわらず国内で強い批判が生まれていないことである。右派の読売が、「正当な理由がある以上、世界に向けて、広く自らの主張を発信していくべき」(19日社説)などと主張するのは当然にしても、朝日が「カネの力で主張を押し通そうとするのであれば、あまりに節度を欠いている。…賢明とはいえない。…日本の発言力低下は免れまい」と主張する社説を、毎日も「分担金をテコにするのは行き過ぎだ。…品位を欠く。…日本の制度改革の主張も説得力を失うだろう」とする社説を、それぞれ17日と20日に掲載したに留まる。毎日はさらに「日本政府が政治利用に懸念を持つのはわかる」とまで述べていた。

 記者会見等での質問も低調で、14日に首相官邸入り口で行われた短い外相会見では事実確認がなされた程度に過ぎず、14日午後の菅官房長官会見でも、滞納を支持する産経の記者が質問をした程度に留まり、19日の外務報道官の会見では問題にならなかった。なお外国人記者向けの英語による会見は24日までに開かれていない。

 一般に近代化は民主化と非宗教化を意味する。ところが日本近代は王政復古と祭政一致の宗教国家として歩みを始めた。これは異常に肥大化し、第1次大戦後の世界的な平和主義を踏みにじり、自爆テロをも行う異常な侵略者として世界を恐怖に陥れた。ISの自爆テロがカミカゼなどと表現されることが多い背景である。その対応として、国際社会は軍事力を背景に平和を守る組織、国連を作らざるを得なかった。そして、日本軍国主義などが復活した場合の暫定措置として特に中小国に認められたのが集団的自衛権である。

 南京事件に関する動向に関しては、民族主義的な傾向を強める中国にも問題があるが、重要なのは犠牲者数ではなく日本軍国主義そのものである。この滞納は決して節度や品位を欠くなどの言葉で表現すべきことではない。

 さて、2000年には20%を超えた日本の国連分担率は16年に10%を割る一方、中国は7・9%を超えた。日本経済の停滞と中国経済の成長の結果である。1人あたり所得が少ないことなどからなお中国の方が低いが、常任理事国に重く割り当てられるPKO経費では16年より日中が逆転した。戦後80周年の2025年には日本の常任理事国願望も根拠をなくすだろう。その時になお今のような議論の状態が続いているとしたら、心底情けない。