【進歩と改革2016年11月号】掲載


安倍の国連演説



 9月13日、国連総会が開幕した。平年は注目されない出来事だが、今年は21日の安倍首相の一般討論と23日の安保理の包括的核実験禁止条約(CTBT)決議が大きく報じられた。

 安倍は、冒頭から北朝鮮の核実験とミサイル実験を取り上げることで演説を始め、半分をこれに費やし、「両大戦を踏まえて発足した国連における初志」にまで言及し、「もはや昨日までとは異なる、新たな対処を必要としています」、「日本は、理事国として、安保理の議論を先導します」と断じた。

 北朝鮮に対しては、日本が主導した2006年の安保理決議により、強制行動を規定する国連憲章第7章の下で行動し、経済制裁を規定する第41条の下の措置を採ると宣言して、制裁が課せられている。これを上回る「新たな対処」とは、単なる制裁の強化だけではなく、第42条が定める「空軍、海軍又は陸軍の行動」をも意味する。

 本欄でふれてきたように、90年代まで日本政府は安保理が経済制裁を決議することに反対していた。経済制裁問題の焦点となっていたのが南アフリカで、制裁を求めるアフリカ諸国に対して、南アとの経済関係を重視する日本は、制裁は過激な措置で問題解決に資さない、話し合いによる解決が重要などと繰り返し、国際社会の顰蹙を買ってきた。対米追従の結果ではなく、米国が制裁に踏み出しても消極的な姿勢を続けて、批判に自ら拍車をかけた。

 90年代に入り事態は急変する。西側諸国がイラクやセルビア制裁を推進すると、経済制裁は、問題とされている為政者以上に弱者に深刻な影響をもたらすとして、逆に左派から批判の声が挙がった。例えば『世界』は1995年1月号で暉峻淑子の「経済制裁に異議あり」を掲載した。右派からも左派からも過激な措置として批判されてきた面があるのが、この措置だった。

 ところが、北朝鮮による拉致問題が判明すると批判の声は急激に小さくなる。04年には外為法を改正して独自制裁を可能とし、06年には北朝鮮の核実験に対して制裁を強化し、安保理決議を主導する。かつて問題にされたのは経済制裁の是非でも、またそこで問われていた人種差別、侵略行為、人権侵害などの是非でもなく、対象が北朝鮮なのか否かだったことになる。

 その上に安倍の演説がある。日本が世界を巻き込む決意を表明したわけだが、演説後の数日間に関する限り、懸念の声は大きくない。米国の戦争に日本が巻き込まれることや自衛隊員の危険性が、特に13年以降、大きく議論されてきたにもかかわらず。

 核兵器に関しても同様である。例えば、「『核兵器のない世界の実現』を掲げながら、具体的な実績を上げられていないオバマ米大統領の焦り」などの評価を示しつつ、「決議の目的の1つは北朝鮮の孤立化」だが、「対北朝鮮、効果疑問も」と議論を進める一方で、「日本は今回の国連総会で「CTBTフレンズ外相会合」を主催するなど、…CTBT発効に向け積極的な取り組みを続けてきた」等とする論評が少なくない(毎日新聞9月24日)。

 しかし、日本政府は核兵器禁止問題に一貫して消極的であり、これは今年開催された「核軍縮に関する国連作業部会」でも繰り返された。より率直に言えば、核兵器禁止を目指す上で日本人ができる最も効果的なことは、日本政府に発言をさせないことなのだが、北朝鮮問題の影の中で、むしろ北朝鮮を抑制するため日本が発言を強めるべき等と主張されることが一般化している。問題なのは核兵器そのものではなく、北朝鮮の核兵器なのである。

 CTBTは20年前の96年9月10日に採択された。今回の安保理決議はその記念の意味もあるが、その2か月前に国際司法裁判所が出したのが、核兵器の違法性に関する総会への勧告的意見だった。この時、核兵器を違法とする多数派に逆らって合法と主張した1人が、日本政府が推薦する小田滋だったが、彼は判事退職後に国際公法研究者として3人目の文化功労者となる。北朝鮮が初めて核実験を行った翌年の07年だった。さらに12年には2人目の文化勲章受章者となった。日本は核兵器を合法と主張した判事を最高の知性と讃えたわけだが、戦時中に制定され、天皇が授ける文化勲章そのものの是非以前に、核兵器を合法としたことは問題とならなかった。

 ちなみに、広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長だったポール・ティベッツは、空軍の准将に昇進し、多くの勲章を受けたが、日本では批判的に語られることが多かった。命令により投下したティベッツと自らの意志で合法とした小田をめぐる評価の違いは日本人か否かだったのか。

 この総会演説は、安倍の北朝鮮への危機感の率直な現れだろうが、その危機感は日本社会で広く共有されている。北朝鮮に擁護すべき点はない。しかし、北朝鮮が近代史どころか現代の自分たちの行動も直視しない日本社会の素顔を暴いているのは皮肉である。