【進歩と改革2016年10月号】掲載


保守化する左派



 7月の参院選は、いわゆる改憲勢力が2/3を確保して終わった。護憲派は特に比例区で敗北し、地方の1人区では野党共闘が成果を挙げたが、32選挙区中11と、1/3に留まった。

 この傾向は都知事選でより顕著となり、保守分裂の一方で野党共闘が成立したにもかかわらず、鳥越俊太郎の得票は保守系2候補の合計得票数の30%にも達しなかった。選挙区別で見ても、区部、多摩、山間部または島嶼部を問わず、全てで3位に留まった。7月に示されたのは、野党が共闘しても保守の1/3に満たないことだった。

 これらについては様々な論評や分析がなされているが、課題設定そのものへの疑問はあまり聞かれない。しかし問われているのはむしろ報道や学者を含めた護憲派の課題設定能力なのではないか。改めて問題を整理したい。

 90年代まで、自民党が農村を、革新政党は都市部を基盤とした。即日開票の農村部と翌日開票の都市部では全く異なる投票結果が出ることが一般的だったが、99年に石原慎太郎が都知事に当選して以降、大阪の橋下、名古屋の河村と、都市部こそ保守派の基盤となった。その一方で護憲派野党の基盤はむしろ地方となった。今回、野党はTPP反対を唱えてある程度の成果を挙げたが、それは支持基盤が農村部に移ったことを如実に示した。

 ここではTPPの是非も自由貿易と保護貿易の是非も、あえて問題にはしない。グローバル化を批判し、日本農業を守れと主張することも一つの考え方である。ただしその際には、日本が40年にわたって世界第2の経済力を誇り、今も有数の経済勢力として全体的にはグローバル化の受益者であることを忘れてはならない。そして、食糧が特別な存在であるのならば、すそ野が広く現代工業の中心産業である自動車産業やすでに基幹産業となっている情報産業も同様に重要である。

 また、本来TPPは中小国が始め、日米は後から加わった。そうである以上、巨大な力を誇る日米によるTPP支配を許すな、大国の輸入には関税を認めないが、中小国については産業育成のために関税の余地をより強く認めるべきだ、等の主張もあるべきだろう。

 ところが、そのような動きはほとんど見られない。日本が有利な分野を問題にしないままで弱い分野の保護を叫ぶのならば、トランプや英国のEU脱退の主張と同様である。事実、TPP反対と既得権益の打破を掲げることにより、グローバル化の中で取り残された「さびついた工業地帯」で強く支持されるトランプや、地方の高齢者を中心に支持を得たEU脱退と、アベノミクスの恩恵を受けず環境が悪化する地方でTPP反対を掲げて善戦した野党共闘のあり方には、共通点が多い。

 安保法制や憲法に関しても同様で、北朝鮮や中国の姿勢を批判し、強い態度をとるべきだと主張する点では、改憲派と護憲派に大きな差はない。このため護憲派は、憲法解釈を恣意的に変えたことなどの手続き面を問題にする傾向を強めたが、結論に大差がないのならば、論点は曖昧になる。

 山下芳生・共産党書記局長が、米軍基地撤廃に関して共産党の主張がトランプと類似する面があることに関して、「意図は違うが、一致する点がないわけじゃない」と述べたが、これに倣えば、改憲派と護憲派も意図は違うにしても一致する点があることになる。

 さらに問題なのは、祖川武夫・元東北大教授らの研究を援用して、集団的自衛権を冷戦の視点から捉える傾向が強いことである。しかし、軍事力を背景にした集団安全保障と自衛権を認める体制が作られる上で最も大きな影を落としたのは、日本軍国主義の異常さである。集団的自衛権を認めた国連憲章の最終的な議論が始まったのはヒトラーの自殺後であり、その内容が確定して署名されたのは1945年6月26日、沖縄で組織的戦闘が終わってから3日後のことだった。集団的自衛権とは、中小国が日本軍国主義に対応するためのものと言うべきである。

 その日本軍国主義を最も忠実に継承しているのが北朝鮮だが、日本軍国主義に比べればその行動ははるかに合理的である。中国の存在が大きいことも、その暴走を押さえる勢力がなかった日本軍国主義とは大きく異なる。少なくとも日本軍国主義に比べれば、北朝鮮を理解することは容易で、対応策も制度化されている。むしろ、感情的に暴発しがちな日本社会の存在が、北朝鮮問題の不安定要因となっている面もあり、日本が米国の枠組みの中に置かれる集団的自衛権よりも、独自に行使できる個別的自衛権の方が危険である。

 80年代までは、日本を外から批判的に見つめる視点があったが、それが弱まった。この点で国際主義の傾向が強かった旧社会党の退潮と、民族主義的な共産党の影響力の相対的増大の意味は大きい。この中で、保守化する左派は民族主義的視点からしか課題設定ができなくなっていないか。護憲派とトランプが共通することの根は深い。